【寄稿】進化が問われる時代に、変わらず在るこの場所は勇気と安心を与えてくれる|本町 千柳軒

寄稿

 寄稿者  篠田 咲子

パンが大好きな私。

ゆっくりコーヒーを淹れながら、おともにどんなパンを食べようか…

そんなことを考えるのも週末の楽しみの1つです。

 

「パン」と言えば全国各地でイベントが行われ、パン人気は女性を中心に山梨県でも広がっているように思います。

 

私もそんなパン好きのひとり。

「新しいパン屋さんができたらしいよ!」と話を聞けばすぐに足を運んでいます。

 

ここで今回この記事を執筆させていただいている私(篠田咲子)の自己紹介に少しだけお付き合いください。

生まれも育ちも山梨県。そして生粋の韮崎人です。

にらレバ編集長の高校時代の同級生でもあります。

山梨のことが好きすぎるあまり、仕事は山梨の情報ポータルサイト運営をしています。

幼少期は父母が共働きだったため、日中は商店を営んでいた祖父母と過ごしました。

近隣からご来店される方にお茶を出しては看板娘として笑顔をふりまくのが日課な日々でした。

 

さて、前置きが長くなりましたが今回「にらレバ」という場をかりてぜひご紹介させていただきたいパン屋さんがあります。

育った商店に似たような昭和の匂い漂うこの場所は私にとって大切な場所です。

韮崎市本町に佇む、明治27年創業「千柳軒」

ここ千柳軒は、明治27年に現在の事業主・保坂俊男さん(以下 俊男さん)のおじいさんが和菓子店として開業しました。

店名の由来は、おじいさんが川柳好きだったことから「千柳軒(せんりゅうけん)」と名付けたことがはじまりです。

今は「りゅうけん」の名で親しまれていますが、もともとは「せんりゅうけん」だったそう。

昭和62年に現在の場所に店を構える時、パン製造に移行し俊男さんが継承しました。

 

91歳の祖母も「千柳軒」と言えば「ああ、あそこね」と当たり前のように返ってくるほど、世代を超えて親しまれるパン屋さんです。

 

そんな千柳軒だからこそ、私にとって宝物のような想い出があります。

幼いながらも感じた優しい甘さ

小学生の頃、風邪をひいて母と病院に行った日のこと。

「パン屋さんに寄って帰ろうよ」と言う母。

入るとおばあちゃん(事業主 俊男さんの妻・定子さん)が穏やかに微笑みながら、

「こんにちは。学校はどうしたの」と優しく声をかけてくれました。

パンはどれも美味しそうで、迷いながらも2・3個選びました。

生地が甘く、小さな私にとっては大きなお菓子をもらったような気分。

その時頬張ったパンの味を今も覚えているくらい、幸せな時間だったのだと思います。

継承当時から今日までパンの改良を重ねる俊男さんのバイタリティー

長年韮崎の地に根を張って営まれている千柳軒。

「きっと昔食べたあの時と変わらない製法でパンを作り続けているのだろうな…」

と想像しながら取材に伺いました。

 

しかし、俊男さんからはそんな想像を覆す回答が!!

本の名前は忘れちゃった…でも2か月に1回パンの本がでるから、それを買って読むようにしているんだ。今でも最新のパンの作り方を見て改良し続けるんだよ。それはもうずっと続けていること。

84歳 俊男さんのパワー恐るべし!!

話すスピードもさることながら、時代の波に乗っていくスピード感にも圧倒されてしまいました。

試作を繰り返してはこつこつ改良を重ねて千柳軒オリジナルのパンを出す。

そして売れなければまた違うパンを考える。

継承してから少しずつ小さな変化を遂げてきたようです。

変わらない想い

常に進化を続ける俊男さん。

これだけは変わらず持っているこだわりがありました。

それは、“韮崎のニーズに合っているか” “安さ” “味”だね!

韮崎の人に合うかどうか」が指針とのこと。

生粋の韮崎人の私としては、韮崎の人が好むパンとは一体どんなものなのか気になりました。

そんなのは勘!やってみなきゃわからん。

作って出してみて売れれば合ってたっつこんさ!

韮崎の人が持つニーズはもはや明確に把握していると思いきや、今でも試行錯誤のようです。

ここでも意外な回答に驚きを隠せませんでした。

でも、今でも探求心を持ち続ける俊男さんだから、「分からない」ことが長年続けられる秘訣なのかもしれません。

分からないから良いこともあるんですね。

ただ、材料を選ぶ舌は洗練されています。俊男さんがこれまで試した製品の中でも最上級のものを厳選し、時には自ら県外まで足を運んで調達することもあるとか。

パンの中に入っているコンポートやジャムは全て手作り。

このリンゴは今からひとつひとつ皮をむいて、デニッシュとポム用に煮るんだ。

自分が納得したものしか使わないからね。

そう言って調理台に向かいます。

そこには先日長野県で仕入れたという100個近いリンゴが並べられていました。

土曜日の昼下がり、その日に出すパンを作り終えた俊男さんと定子さんは一息つく間もなく仕込みをはじめました。

研究に研究を重ねた努力の結晶のようなパン。

創業当時には日本に16台しか輸入されなかったフランスの製乳酸菌製造機を導入し、乳酸菌を練りこんでいる風味豊かな天然酵母パンです。

それでも150円くらいのものがほとんどで良心的。

どんなに美味しくたって値段が高けりゃ買わんでしょう!

お客さん目線を忘れない俊男さんの想いが痛いほど伝わってきました。

妻・定子さんと二人三脚。

パン一筋でがんばってこられた俊男さんですが、たった1人で続けてこられたわけではありません。

妻・定子さんはなくてはならない存在です。

パンを成型するのは俊男さん、できたパンをお店に並べてレジに立つのは定子さんです。

窯に2人でパンを入れる姿が印象的。

2人だからこそ支えあって続けられたお店。

1人欠けたら今の千柳軒はありません。

“そっと見守り、背中を押してくれる”パン屋さん

俊男さんが現在の場所に千柳軒をオープンさせたとき、店前の通りは活気ある商店街。

やまとや三幸というスーパーが並び、買い物ついでにパンを買っていくという方が多くいました。

今日ではスーパーは閉店してしまいましたが、近くの塾に通う学生が学校帰りにパンを買ったり、遅くまで開いているからと会社帰りにパンを買いに来たりする方が多いそうです。

時代とともに韮崎の街並みは大きく変わりました。

人の思考も大きく変化したはずです。

でも千柳軒はずっとここに在って、どこか懐かしい空気を漂わせながら愛されるパンを作り続けています。

いつ行ってもここだけは変わらないなぁと感じる空間なのだけれど、それは時代の波に乗って柔軟に変化してきた証。

 

俊男さんは言います。

どの選択をしても『生きる』ということはみな同じ。

自分の運命には逆らわず、軸をもっていろんなことに挑戦するのがいい

 

私もそうですが、働いていれば結果を出すことや常に成長することが求められます。

生きていれば喜怒哀楽いろんな感情があって、迷うこともあると思います。

 

そんな時、変化を恐れず進化し続けたから今も変わらずココにある千柳軒は勇気をくれ、そっと背中を押してくれます。

「在りのままでいい、大丈夫」と教えてくれているような気もします。

最後に

ゆっくりとした時間が流れる千柳軒は、忙しい毎日にちょっとした隙を与えてくれる場所。

それは人生の豊かさにつながります。

 

実はパンの店千柳軒はこのお2人の代で店じまい。

130年あまり続いたこのお店がなくなってしまうのはとても悲しいことです。

 

2018年もあと少し。平成最後の年末を迎えています。

千柳軒の優しいパンの甘みを感じながら、自分を振り返る時間にしてみてはいかがでしょうか。

きっと素敵な自分を発見して「一歩前に進んでみよう」と思えますよ。

住所     山梨県韮崎市本町1-2-14

電話番号      0551-22-0367

営業時間      9:00~20:30

定休日    日曜祝日、第2土曜日

★オススメのパン

あげぱん ¥130

バタール ¥250

ポム   ¥115

上食パン ¥225