地域と都会で過ごすこと|暮らしと生きるvol.1

「生きていること」と「暮らすこと」。都会に住んでいた頃は、その結びつきが見えづらく、仕事と生活が分断されているような感覚がありました。韮崎に移住することで、もっと地に足のついた暮らしを見つめ、暮らしと生きるが繋がるような感覚を持って生活をしていきたい…。

韮崎市へと移住してきた韮崎市地域おこし協力隊(IROHA CRAFT)の笹田 峻彰さんが、「暮らしと生きる」をテーマにお届けする連載エッセイです。

 

韮崎の町へ移住しました

韮崎に引っ越してきたのは、今年の5月のこと。まだ3ヶ月しか経っていないけれど、季節は巡って春は暑さに追いやられ、夏も盛りを迎えました。

最近では、韮崎で知り合った方々に畑で採れたきゅうりやじゃがいもを頂いたり、朝はツバメやガビチョウのさえずりに目を覚ますことがあったり。「山梨ではぶどうや桃は貰うものだよ」と教えて頂いたことにも感動し、自然に親しい街だからこそ得ることのできる、都会との違いを少しずつ感じられるようになりました。

大阪の天王寺という都会で生まれ育ってきた僕にとって、便利な社会は当たり前で、遊ぶ場所に困ることもなく、雑多な人の行き交う街中に居心地の良さを感じていました。

欲しいものはどこでもすぐに買うことができて、電車も3分に1本のペースでやってきます。でも、自分の感性の変化とともに将来どこで過ごしたいかを考えたとき、そうした都会の便利な豊かさよりも、不便でも自然や四季の変化を身近に感じられる豊かさを選びたいと思うようになったのです。

都会で過ごしている違和感は少しずつ心に堆積していき、まだ若い今のうちに移住をしてみよう!と決断をすることに。そうして、ご縁のあった山梨県の韮崎市という、この場所にやってきたのでした。

 

バリスタとしての日々

大学を出てからずっとバリスタという職業で働き、学生時代のアルバイトから考えると10年近く続けています。この世界をしれば知るほど、バリスタというお仕事はとっても面白くて奥深いものなんだと感じました。

例えば、コーヒーは、挽き方や淹れ方によって味わいが変わるのはもちろんのこと、実はコーヒーチェリーという農作物であり、栽培されている環境(品種や土壌、標高など)や、その生産過程(精製)によっても大きく味わいが異なります。

また、コーヒーは世界の様々な社会問題にも実は繋がっていることをご存知でしょうか。例えばブルンジでは輸出収入の80%以上をコーヒーが占めていて、ブルンジの経済をコーヒーが支えています。

その他にも、労働問題や地域コミュニティ、環境問題にも関わっていて、2050年までにアラビカ種のコーヒー生産量は、温暖化によって収量が半減してしまうとも言われているんです。

そうした奥深い世界に魅了され続けているうちに、東京で有名なロースターの京都店の店長を務めることになります。ローカルな大会で優勝をしたり、審査員をさせてもらうこともありました。

お店を退職してからは、コーヒーは農作物という視点から産地についてもっと勉強したいと思い、環境負荷の小さい農業を普及する会社のコーヒー事業部に入社しました。その辺の紹介は、またどこかの機会にお話できたらいいなと思います。

 

これまでの活動について

さて、いまの僕はというと「地域お越し協力隊」として、イロハクラフトに所属し、1967年に建てられ2018年にリノベーションをしたアメリカヤというビルを拠点に、韮崎の街の活性化を図る活動をしています。

韮崎に来てから、温かい人たちに恵まれて楽しい日々を過ごすことができています。そんな街に少しでも恩返しをしていきたいという想いも込めて、まちづくりに貢献するため、様々なイベントを企画・開催してきました。今日はそんなイベントの総集編という形で、この3ヶ月で行ってきたことを紹介していきます。

 

懐かしい韮崎の風景展

まずは、まちの歴史を知るため、『懐かしい韮崎の風景展』を開催しました。街の活性といっても、脈絡のないイベントを開催することに意義を感じなかったので、街の貢献につながるようなイベントにしたいという想いがありました。そして、僕自身もまだまだ知らなかった韮崎の歴史を知るため、このイベントを開催することに。

にらレバの記事でも大人気の閏間さんにご教授いただきながら、韮崎市立大村記念図書館で甲斐国(山梨県)、巨摩郡の歴史書を借り、過去がどんな風に今へと繋がっているのかを勉強する日々。
そして、今と昔の風景を見比べながら、町はどう移り変わっていったのか、アメリカヤの歴史を交えながらみんなに知ってもらえるような展示会を行うことにしました。

若い方には、改めて韮崎のことを知るきっかけに。お年寄りの方には、その風景を懐かしんでもらえるように。初めての企画でしたが、さまざまな反応を頂けて、とても嬉しかったです。

 

恵比寿家 家財持ち出し大作戦

「韮崎を知る」ことの次は、「韮崎に触れる」ことをしようと考えました。

ちょうど、割烹料理屋として地域の人から愛されていた「恵比寿屋」をリノベーションする話を耳にしたのがきっかけで、「その片付けをみんなでしたら面白いんじゃないか!」と思い立ったのです

解体作業が始まる前に、みんなで家財の搬出を行い、まだまだ使える古材や家財を再利用したい。そして、これから新しく生まれ変わる「恵比寿屋」と地域の方が携わることで、より愛着を持って地域に根付いてほしい…。

そんな想いからはじまったこのイベントには、午前と午後を合わせて15名以上人が集まってくれました。

とても暑いなか、屋上の荷物を持って上り下り。大変な作業もありましたが、それぞれ好きな家財も見つかり、楽しいひと時を過ごすことができました。恵比寿屋は、来年にはリノベーションも終わり、1階にはテナントも入る予定らしいので楽しみですね。

 

左官ワークショップ

山梨県は空き家率が全国1位と、空き家の問題も深刻です。そうした課題解決のひとつとして、アメリカヤではDIYを広めていく活動もしています。

新しいものを買うのではなく、まだまだ使えるものを再利用することは、環境に対しても優しいこと。そうした観点から、ブリコラージュの精神がもっと身近になればいいな、と思っています。

ちょうど先日オープンしたピザ屋「sei otto」が、まだリノベーション途中のころ。「壁を左官する作業を職人と一緒に学ぶことができれば楽しいのではないか?」と考え、左官体験をするワークショップを開催することにしました。

お家でDIYをしたい方や、左官にチャレンジしてみたい方にも、直接職人から教わることは滅多にできない経験ではないでしょうか。

当日は午前も午後も満席に。難しいながらもこつこつと、丹念に壁にモルタルを塗っていきます。職人さすがの手さばきで、塗り方もきれいで上手。

一方、初体験の僕たちはおぼつかない手つきで、ぼとぼととモルタルを溢しながら、複雑な模様をつけて塗っていきますが、すぐに右腕の前腕筋が張ってくるなど苦戦してしまいます。職人の技術の素晴らしさを、改めて実感したイベントでもありました。

 

デニムのアップサイクル『FUKKOKU』

そして、現在は、「デニムアップサイクル」という新しい企画を行っています。

これまでの活動から、環境負荷について、リノベーションなど再利用をすることの大切さを伝えたいと思い、岡山でデニムブランドを経営する企業『ITONAMI』とコラボをして、ジーンズの回収イベントを開催することにしました。

また、個人的に環境問題に関心があったので、アメリカヤを活用してSDGsの発信を積極的に行なっていきたという意図もあります。

古くなって、もう着なくなったジーンズは回収されたあと、粉砕して綿状に反毛され紡績を経て再生糸となり、新しい生地へと生まれ変わります。

そうして誕生した生地を活用して、オリジナルのデニム製品へとアップサイクルされる、とてもサステナブルな企画です。

みんなで集めて、みんなで使う。そんな風に心地よい循環が生まれていくといいなと思っています。

結果的には短期間の募集でしたが、約30本ほどのジーンズの回収ができました。ご協力してくださった方々、本当にありがとうございました。

これからどんな製品にアップサイクルをするのかを検討し、来年度中にはお披露目したいと考えておりますので、ぜひお楽しみに。

 

韮崎を伝える

「韮崎を知る」、「韮崎に触れる」をイベントとして行ってきたいま、その次に「韮崎を伝える」ことをしたいと思うようになりました。実はそうした経緯もあって、このにらレバの記事を書かせていただくことになりました。

これからも『暮らしと生きる』をテーマに定期的に記事を執筆していきますので、また見にきてください。

また、アメリカヤ2階にある『DIYサービスセンター』のカウンターに立っていることもあるので見かけたら、ぜひ声をかけてください!もちろんイベントの企画や参加も大歓迎です!

 

ABOUT US

韮崎市地域おこし協力隊(IROHA CRAFT所属)
1992年大阪生まれ。大阪市立大学在学中にバリスタへ。LIGHT UP COFFEEにて京都店の店長として勤務した後、農作物としての視点からコーヒーに携わるため、株式会社 坂ノ途中へ。新店舗の立ち上げを経て退社し、sieca(シエカ)として活動をはじめる。本とコーヒーに生き、周辺に写真、文筆、焙煎、まちづくり、廃材を利用した工作などの活動を行っている。