土に触れて野菜を育てる|暮らしと生きるvol.2

韮崎に移住をしてから生活にも慣れ、休日には外へ出かけることも増えてきた。

買い物がしたいときには甲府の方へ出かけ、自然を満喫したいときには北杜の方へ出かける。韮崎という町はどちらにもほどよい距離にあるので、大きな不便を感じることはない。

季節はめぐり、辺りには澄んだ空気が満ちはじめて過ごしやすい日々が続いている。もうすぐ秋がやってくるような気配があった。

 

七里岩の魅力に誘われて

韮崎に来て一番最初に驚いたのは、屏風のように形成する七里岩の上に、大きな平和観音像がそびえ立っていたことだった。

韮崎に住む市民と登山者の安全祈願を願って建てられ、私たちを見守ってくれているらしい。遠くにある富士山の方角を向いている平和観音像は、いつでも優美な風景を見て過ごしているのだなあと、はじめて韮崎に来た時に思った。

その次に驚いたのは、七里岩の上には住んでいる人がいて、農業などの商いを行っている人もいるということだった。

岩といえど台地であり、考えてみれば当たり前なのだけど、都会から来たぼくには、「岩の上に人が住んでいる」なんて思ってもみないことだった。

川 七里岩

調べてみると、韮崎という地域は釜無川と塩川というふたつの川に恵まれ、水の豊富な地域らしい。その分、河川の氾濫による被害も大きく、昭和34年には特に大きな水害に見舞われたようだ。

諸説あるが、長い歴史の中で、そうした自然災害と共に生きてきた韮崎の人たちが「生き抜くための知恵」の1つとして、七里岩の上に住まいを移したことが始まりだったようだ。

また、戦の手段としても活用され、天正9年にはこの七里岩の上に新府城を建設したという記録も残っているから驚いた。

 

土に触れて感じること

ある日の休日、そんな七里岩の上に宿を構え農業を営む『ヴィラグリファーム七里岩』で、野菜の収穫体験をさせてもらえることになった。

もともと農業には関心があり、前職では有機農業を普及する会社に勤めていたこともあったので、念願叶ってのことだった。

ヴィラグリファーム七里岩では、慣行農業と有機農業の区画に分けて作物を栽培していて、今回は、有機農業で栽培されている方をお手伝いさせていただくことに。

収穫が遅れて立派に育ちすぎてしまったトマトは、ひび割れてしまったり、雨風に晒されて落ちてしまったりする。そうしたトマトは、もう食べられないので、すべて取ってコンポストとして堆肥にするのだ。

ハサミを使ってパチンと切り、ひとつ一つを手作業で、食べられるかそうでないか、熟しているかそうでないかを見分けて選別をしていく。

畝はきれいな等間隔を保って揃い、インゲンはぼくの背丈と同じくらいにまで伸びて葉を茂らせている。太く芯の通ったズッキーニはナスとは違って、地中から出る茎の隙間から大きな緑色の姿を見せていて驚いた。

ついさっきまで虫がついていたトマトも、肌艶のきれいな発色のよい顔立ちをしている。

実際に土に触れて野菜を見ると、スーパーに並んでいる商品を手に取るだけでは分からないことがたくさんあるのだと感じた。

普段何気なく手に取っている野菜も自分で収穫して初めて、そのおいしさを知ることができる。同じように、手仕事によって作られたものには必ず人の温かさがあり、手間隙かけて作られた背景がある。

この収穫体験を通して、ただ目の前にある商品にお金を支払うのではなく、そうした背景に価値を見出すことで、ぼくたちの生活はほんの少し豊かになるのではないかと思った。

まだ日差しの強い日のことだったけれど、汗水垂らして丹念に行う収穫はとても気持ちのよいものだった。都会に住んでいるとなかなか経験できないことでも、すぐ身近に自然を感じられるのが、この町のいいところ。

その後いただいた、色とりどりのトマトや大きさの異なったピーマン、歪な形をしたナスたちは、どれもとびきりおいしくて、まだ昼下がりなのに、ぼくの休日はもう十分なほどに満たされていた。