ライター。2019年6月加入。韮崎で働く人や会社を紹介するコーナー『ニラサキのシゴト』を主に担当。地元ではない韮崎に移り住んできた立場だからこそ見える『移住者視点』を率直に伝えることを大切にしている。1990年生まれ。妻と2歳児の息子を持つ。とても親ばか。
甘くジューシーなぶどうは、韮崎を代表する特産品の一つ。
ぱくっと頬張ると、爽やかで甘酸っぱい香りとみずみずしい果汁の潤いが、口の中にあふれるように広がっていきます。
生食はもちろん、ジャムなどの加工品やワインも盛ん。市内の観光スポットや商業施設ではぶどうに関連した商品を数多く目にします。
ニラサキのシゴト8回目は、そんなぶどうを上ノ山地区で栽培されているぶどう農家の中村良行さんにご登場いただきました。
生まれてから60年間暮らした東京から韮崎に移住し、証券会社勤務から新たに農家になるまでの経緯や、実際に農業に携わる中で思うこと、また移住者の思う移住準備のポイントなどについても教えていただきました。
ぶどう農家の仕事内容やスケジュール
———中村さん、本日はよろしくお願いします。農家さんのお仕事の様子を詳しく知れる機会は普段ないので、中村さんの実体験も交えて具体的に紹介できると嬉しいです
———「地域移住をして農業を始めてみたい」という話は耳にするので、何かヒントになる話を紹介できたら嬉しいです。
さっそくなのですが、ぶどう農家さんの一日のスケジュールを教えてください。
自然を扱う作業なので季節や天候によって変わる部分が大きいですけど、僕の場合は大体朝6時に起きて、7時半ごろから夕方5時まで作業するというのが一日の流れですね。
作業の内容をシーズンで分けると、こんな感じでしょうか
———時期によって作業内容や作業量にかなり差があるんですね。
そうですね。それに、年ごとの天候や病気の流行によっても変わりますね。今年は雨が続いたし市内で病気の感染もあったから、作業を終え切れるか正直ヒヤヒヤでした(笑)そういった影響も見込みながら臨機応変に作業を組んでいくことは、自然を相手にする農業において大切なことかと思います
———作業が少ないシーズンやお休みの日はどう過ごされるんですか?
僕の場合は、丸一日休みという日はあまり作っていないですね。ぶどう農園とは別に野菜畑もやっていたり自宅の庭を手入れしたりと、やりたいことが色々あって(笑)
ただ、「たくさん働こう」とすると身体に無理があったり作業自体が辛いものになってしまうので、意識して休憩や休息の時間をつくるようにはしていますよ。韮崎周辺には名湯と呼ばれる温泉が数多くあってほとんど毎晩温泉に浸かっているので、それも休息になっていると思います
———ほとんど毎晩ですか!良いですね
だって、こんなにも温泉に恵まれた山梨に住んでいるんだから、この恵みを最大限受けなきゃもったいないじゃないですか!(笑)
ずっと韮崎に住んできた地元の人にとっては「あること」が当たり前なんだろうけど、生まれも育ちも東京であった僕にとっては、韮崎の魅力は色んなところにありますよ」
ぶどう農園の風景
———今日はせっかく中村さんのぶどう農園でインタビューさせてもらっているので、農園の様子も紹介していただけますか?
そうですね。一緒に見に行ってみましょうか。今は『袋掛け』という作業を終えた後で果実が見えない状態になっていますけど、ゴルビー、ピオーネ、ベリーAなどの品種を中心に、約1,000坪でぶどうを栽培しています
味の良さはもちろん、ぶどうは実が付いたときの全体の形も大切。バランス良くきれいな形に仕上げていくために粒を間引いていく作業が必要なんですが、「ここを間引くとこんな形に仕上がるだろう」と予測するところに農家さんの技術が出ると思いますね。
ぶどう農家になった経緯「人間関係を少しずつ築けてきたからこそ縁ある話に出会えた」
———中村さんは現在、独立農家という立場でこの農園を経営されているんですよね。東京からの移住や、独立経営に至ったいきさつについて教えていただけますか?
元々生まれも育ちも60年間東京で、サラリーマンとして証券会社に勤めていました。当時から農作物を育てるということには興味があって、郊外にある市民農園の一区画を借りてちょっとした家庭菜園をやっていました。僕にとって、それが農業への入口でしたね
———なるほど。はじめは畑の一区画を借りるところから始まったんですね。その後韮崎に移り住むことになったのは農業への興味が大きくなったからですか?
そうですね。「田舎で農業をやってみるのも良いな」という思いも大きくなってきたとき、ふるさと回帰支援センターで紹介されたのが韮崎市だったんです
———その後の移住生活では、東京での暮らしと新生活とのギャップはありませんでしたか?
「移住と言ってもいきなり全部を韮崎に移したわけではなく、いわゆる「二拠点居住」の期間が4年ほどありました。
はじめは北杜市の武川町にシェアハウスを借りて、東京から北杜に足を運ぶのは月に1日程度。その後、大村智博士の生家である蛍雪寮をシェアハウスとして活用するプロジェクトの第一期として入居が決まり、それからは、平日は東京で働き土日は韮崎で野菜を栽培するという「週末農業」のような形で、韮崎での時間を徐々に増やしていきました
———なるほど。地域に少しずつ馴染みながら移住を進めていったんですね。
今になって考えてみると、一気に移り住むのではなく、そうして徐々に韮崎や地域の方とのご縁や関わりを広げていったからこそ良かったことがいくつかあったように思います。今こうしてぶどう農園を経営するに至ったのも、まさに人とのご縁の中で進んだ話でした
———具体的には、どのような経緯で農園の経営に至ったんですか?
東京と蛍雪寮との二拠点居住を続けて1年経ったころ、市役所の方や移住応援団(*)の方から「人手が足りないって言ってるぶどう農家さんがいるんだけど、手伝ってみない?」と、お話を紹介してもらえたんです。
その紹介を受け、穂坂にあるぶどう農園で2年間お手伝いを経験。その後、現在の上ノ山のぶどう農園を紹介してもらい、前オーナーから経営を譲り受ける流れとなったんです」
にらさき移住応援団:韮崎市へ移住・定住したいという方のサポートを行う団体。移住希望者へのアドバイスや、移住ツアーの開催なども行っています
———まさに地域の中のご縁からつながった話だったんですね
そう思います。地域に来たばかりでいきなり「手伝わせてほしい」と頼むのはハードルが高いでしょうけど、地域の中に少しずつ人間関係を築いていくことや、「あの人は農業がしたいんだな」と地域の方に認知してもらっておくことで、ご縁のある話に出会う機会は増えると思います
———その後、現在の農園で独立農家として本格的に経営することになって、どんなところに苦労しましたか?
技術の面で言えば、2年間手伝いをさせてもらったおかげである程度分かることが多くて助かりました。ただそれでもやっぱり手伝う立場と自身で経営していく立場では経験することが違っていましたね。1年目は苦戦することも多かったですよ。
たとえば感染病を防ぐために薬剤を散布する『消毒作業』は年間に10工程が必要で、天候や生育状況を見ながらスケジュールを進めていく必要があります。雨が降って作業が延期になるとスケジュールがずれるだけでなく、お手伝いの方にお願いし直したりといった調整も発生します。そういった部分の難しさは、自分自身で農園全体の経営をしてみてはじめて気が付いたところでしたね
———栽培技術の習得もですが、農業を始める上で資金面も大きなハードルなのかなと思います。中村さんの場合はどうでしたか?
僕の場合、農園の前オーナーから事業を引き継ぐ形だったので、農機具をレンタルしたり中古で安く譲ったりしてもらって初期費用は削減しました。はじめに大きくかかったのは軽トラックくらいだったかな。この農園の規模で農機をゼロから揃えるとなると少なくとも700~800万円はするかと思うので、既にあるものをうまく活用するという点は、工夫できた部分と言えるかもしれないですね
———『事業承継』というのが地域での働き方における一つのキーワードになっていると思うんですけど、中村さんは「事業承継をしよう」と元々考えられていたんですか?
いえ、はじめから考えていたわけではないです。地域の方から良いお話をいただきながら、行き着いたのがたまたま「事業を引き継ぐ」という形だっただけで。
たしかに、地域で事業経営を始める一つの方法として「事業承継」という形が注目されているようですね。それももちろん素晴らしいのですが、既にある事業を譲り受けるにせよ新しく事業を作るにせよ、良いお話やご縁のある話は「地域の中に築いてきた人間関係」の中にこそあるんだと思います
———実際にそうした経緯で事業を始められた中村さんがおっしゃるからこそ、一層説得力がありますね。
事業に限らず、空き家や土地についても同じことが言えると思いますよ。
いま日本ではあり余るほど空き家が点在していますが、自治体の空き家バンクや不動産サイトに公開されているものはそのうちの一部です。それぞれ理由があるのでしょうけど、一つには「思い入れのある家だから、誰にでも売れるわけではない」といった考えも当然あるでしょう。
そんな中で、「この人にだったら使ってもらいたい」「持ち主の想いを受け継いで活用したい」などお互いにとって嬉しい出会いは、インターネットの中ではなく、人と人とが築いてきた関係性の中に生まれるものなんだと思います
農家としての取組み「仲間と一緒にトータルで収入を得られる仕組みを作っていきたい」
———ぶどう農家として、これから目指したい目標はありますか?
農園を経営してみて感じますが、果樹農業はまだまだ「十分に稼げる」とは言えない現状があるなと感じています。それを解決できる働き方を韮崎の中で作っていきたいなと考えていますね
———具体的にはどのような解決策が考えられそうですか?
単純に収入だけを考えるのであれば、働く時間を長くして、栽培している面積を広げて…と、そういう方法もあるでしょう。
けど、いくら頑張っても、成果を現在の二倍にすることは難しい。頑張って増やせる量には限界がありますよね。それに、寝ずに働いて体を壊してしまっては元も子もないし、なにより、いつも時間に追われていると仕事自体が楽しくないですからね。「楽しく働く」が僕のモットーでもあるので
———たしかに「頑張ろう!」だけだとしんどいし、時間も体力にも限りがありますね
そうですね。一人っきりの頑張りには限界があるから、仲間を作ること、複合的に事業を広げることで変えられる部分があるんじゃないかと思うんです。
具体的には、栽培だけを事業にするのではなく、加工したり商品を販売したりと事業を複合的に拡げていき、生産から販売までの<トータルで収入を上げる方法を考えているところです。今は、自分が育てている醸造用品種のぶどうを使ったワインを作って、ワイナリーをつくることを目標にしています」
———なるほど。「一つを一人っきりで頑張る」のではなく「仲間と事業を広げてトータルで収入を得る」という考え方ですね
その事業が新しく雇用を生み出したり活性化になったりと、地域にとっても良い変化を与えていけたら一番の理想ですね。
もちろんそうやって仕事を拡げていくことは僕一人で今すぐできることではないので、同じような仲間が集まってきてくれると嬉しいです。そういった想いからFacebookでの発信もしているので、ぜひ見てみてください
中村さんのFacebookページ『Creation farm』
「良いと思ったらはじめの一歩目を踏み出してみる。自分で体験しないと気付けないことはたくさんある」
———最後に、移住や韮崎について思うことについても教えてください。中村さんの思う韮崎の魅力はどんなところだと思いますか?
何と言っても、とにかく生活しやすいところですね。自然と生活圏とのバランスがちょうど良い。
雄大な自然に囲まれながらも、日常の買い物やちょっとした用事は駅前で十分に事足ります。賑やかな娯楽が好きな方にとっては、少し寂しく感じるかもしれませんけどね
———移住を進める上で、どんなことが大切だと思いますか?
「はじめの一歩を踏み出すこと。これが何よりも大切だと思います。
韮崎での暮らしの様子を人に話すと「中村さん良いな、羨ましいな」という反応が返ってくるんですけど、良いなと言っていても多くの人は行動に移さない。もし本当に興味があるのであれば、もったいないなと思います。
一般の方向けに農業体験を行っているという話を今日のはじめでしましたが、それも、「移住に興味のある方にとってのはじめの一歩を後押しできれば」という思いで行っています。移住に向けてはじめの一歩をどこに踏み出すか、迷っている方はぜひ来てもらえると嬉しいですね
「お話を聞いてみたい」という方は中村さんまで→メールアドレス
———地域の人と繋がれる場があると、移住者にとってはすごく心強いですね!
中村さん、本日はありがとうございました。
まとめ。一歩行動を踏み出してみることで「やりたい」が近づく
移住を考えている方にとって、もっとも人気のある職業の一つが『農業』。
今年1月、東京・神奈川・千葉・埼玉の在住者10,000人を対象に内閣官房が行ったアンケートでは、「地方圏でやりたい職種」の質問に対して、「農業・林業」の回答がもっとも多くの票を集めました。
この『ニラサキのシゴト』のコーナーを読んでくださっている方にとっても、農業は関心の高い職業の一つなんじゃないかと思い、`農業の仕事はぜひいつか紹介したいと考えていました。
『移住等の増加に向けた 広報戦略の立案・実施のための調査事業報告書』 2020.5.15 内閣官房まち・ひと・しごと創生本部
中村さんの言葉をお借りると、働き方や暮らす場所など、『正解』のない選択をする際に、「はじめの一歩を踏み出す」ということはすごく大切だなと僕自身も感じます。
「素敵だな」「やってみたいな」と思ったら、まずは一歩目を踏み出してみる。ほんのちょっとの行動で見える景色が変わったり、新たなつながりが増えたりと、思っていなかったような良い変化が続いていくことも多々あります。中村さんが韮崎の中に着実につながりを築いてこれたのも、常に一歩一歩、行動を進めてきたから。
今回の記事が、農家さんの仕事紹介だけに留まらず、「やってみたいな」と考えている方が一歩目を踏み出す一つのきっかけになると嬉しいなと思います。
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こちらこそ、ぶどう栽培や農業に興味を持ってもらえて嬉しいです。僕自身もふだんから、一般の方に作業を手伝ってもらう機会を作ったりFacebookを使って情報発信をしたりしています。今回のにらレバを通じて、読者の方がぶどう農家に興味を持ったり知ってもらえることがあると嬉しいですね