「信頼される中で仕事が生まれる。」韮崎から世界まで活躍の場を広げてきた昭和産業が今につなぐもの

ニラサキのシゴト

『ニラサキのシゴト』第三回目は、上ノ山に本社のある《昭和産業株式会社》さんを取材しました!

はじめに、会社の成り立ちや業務内容など全体について代表取締役社長である岩下和彦さんから説明していただき、実際に工場内を案内していただきました。その後、韮崎で生まれ育った若手社員の方2名にインタビューをし、現場の中で見える会社内の様子や、地元韮崎への想いを語っていただきました。昭和産業さんは、放送局で用いられるような通信機器や、半導体や液晶をつくるための装置など、電子・電気機器の製造を行う企業です。1964年、韮崎市中島に創立。当初は『抵抗器』を製造していましたが、その後時代のニーズに合わせて通信機器、半導体製造装置などに製造する製品の幅を広げてきました。1984年に上ノ山へ本社を移転し、現在は上ノ山に3棟、中島に1棟の工場を構えています。そのほかには東京営業所、クライアント先の工場勤務もあり、県外・国外にも多くの拠点を置く企業です。

【会社基本情報】
所在地:山梨県韮崎市上ノ山3850
事業内容:電子・電気機器製造業
事業詳細:放送局向けスタジオ装置、放送通信システム関連装置、半導体・液晶製造装置などの製造。並びに設計・開発。
従業員数:290名

≪昭和産業株式会社≫ってどんなところ?

はじめに、岩下和彦社長に昭和産業株式会社について概要をお聞きしました。

おしょう

本日はよろしくお願いします。はじめに、昭和産業さんがどのような会社かあらためて教えていただけますか?

岩下社長

岩下社長「一言で説明すると、電子・電気機器を作っている製造会社です。主な製品として、『放送通信機器』『プリント基板』『半導体製造装置』『液晶製造装置』『バーンインテストボード』といったものがあります。

……と言っても、なかなか皆さんに馴染みのないものですよね(笑)ふだん手に触れる機器や部品というよりは、放送局などの特殊な場所でのみ使用される機材だったり、部品を作ったり検査したりするための装置を作っていると考えてもらえればイメージしやすいかもしれません

工場内で作業している方も仕事はさまざま。どういった製品を作っているのでしょう?

おしょう

具体的にはどういった製品でしょうか?

岩下社長

そうですね。放送通信機器で言えば、学校の放送室に、たくさんのツマミが付いた音響用ミキサーが置いてあるのを見たことありませんか?それに似たようなものと思ってもらえれば分かりやすいですね。ほかに身近な例で言えば、みなさんがお持ちのiPhoneの中には、データの処理や演算を行うのに欠かせない『CPU』という部品が入っているのですが、昭和産業では、そのCPUがうまく作動するかを検査する装置のコアになる基板などを製造しています

おしょう

つくられている製品は、特殊な機械や、部品を検査するための装置の一部など、たしかに普段身近に触れることはないものですが、わたしたちの身近な部品を作るために決して欠かせないものですね

現在の製造につながる《昭和産業》の成り立ち

おしょう

ところで、一口に「電子・電気機器の製造」と言っても、かなりたくさんの種類の製品が作られているのですね

岩下社長

そうですね。今紹介した以外にも、まったくゼロから製品の設計・製造を委託されることもあるし、まれにですが、航空や宇宙などの関連部品の製造を手掛けることもあります。このようにとても幅広い製品を扱っているのには、昭和産業が創立してからの成り立ちが関係しています

昭和40年中島にあった社屋

岩下社長

創設者は私の父なのですが、昭和39年の創立当初、この会社は電子部品である『抵抗器』を作る会社でした。しかし、その後世間の時流は抵抗器からICに移っていき、「これからどうしようか」とかじ取りを考えさせられる岐路に立たされます。結局、ICの製造には多額の設備投資がかかるということで断念し、抵抗器を用いて組み立てていた放送機器の方にシフトすることを決断したんです

放送に用いられる『中波送信器』製造の場面

岩下社長

その後しばらくは、日本電気株式会社(現:NEC)の下請け会社として、放送局のスタジオ用の装置や送信機などの組み立てだけを受注していましたが、今後も常に安定的に仕事を受けられるという保証がない状況でしたので、いくつかの会社から仕事を受ける必要がありました。
いくつかの会社を紹介をしてもらいながら仕事を受けていくうちに、製造工程の最終段階である「組み立て配線」(アセンブリ)を得意とする会社として仕事を依頼されるようになりました。その後、調整・検査の工程にまで範囲を広げ、現在のような幅広い製品を扱うことができるようになったという経緯があるんです

装置の検査作業の様子

おしょう

なるほど。初めに『組み立て』が得意な会社として多様な製品に触れてきたことが、現在さまざまな製品を製造できることにつながっているのですね

《昭和産業》の特色は?

おしょう

昭和産業さんの特徴や特色は、どんなところでしょうか

岩下社長

先ほど、『組み立て』を得意とする会社だということをお話ししましたが、大抵の場合、組み立てを終えた部品や機器はお客さんの元に届けられて、お客さんの方で据え付けてもらうというのが普通なんです。それを当社では、現地まで足を運び据付もその後のメンテナンスも行うことが多くあります。加えて、お客さんの工場に常駐して一定期間一緒に仕事をすることもあります。これはひとつ大きな特色と言えるかもしれません

おしょう

お客さんのところに入り込んで仕事をするんですね。いろんな世界が見られて面白そうと思う反面、ほかの会社の技術をちゃんと習得できるかどうか不安な気もします…

岩下社長

もちろん初めからうまくできるわけではありませんが、長年クライアント先に拠点を置いて仕事をしてきたこの会社だからこそ、技術習得の体系や環境がすでに築き上げられているという強みがあるんです。ゼロから教えてくれる先輩社員が既に何人も入り込んでいるし、さらには一緒に仕事をしているお客さんの方から「こっちで技術を習得させてあげる」と教えてもらえる部分も多くあります

おしょう

昭和産業の社員でありながら、複数の他社の中に入り込んでさまざまなノウハウや技術を学ぶことができるというのは、特徴的な働き方でもあるし、色んな世界を見てみたいという人にとっては大きな魅力ですね

中国現地での懇親会

岩下社長

自分の足で色んな世界を見て回れることもそうですが、県外・海外からお客さんが当社の製品や技術を視察しに来られる機会も多くあります。例えば先日オープンファクトリーの際に見てもらったプリント基板は『多層基板』という大型の基板で、世界でも製造できるメーカーは数えるほどしかありません。設備も最新のものをどんどん取り入れていますので、世界でもトップレベルの技術に触れることができる環境があります。
地元韮崎のローカルな企業でありながら、実は、窓口は直接世界に開かれている会社なんです

おしょう

地元で就職しつつ、世界の企業や人と一緒に仕事ができて最先端の技術にも触れられるって、なんだかオイシイところ取りですね!(笑)

≪昭和産業≫が大切にしている考え

おしょう

最後に、岩下社長が大切にされていることなどあれば教えてください

岩下社長

父が創業した当時から『信頼される明るい会社』というものを社訓に掲げ、目指し続けてきました。信頼してくれる企業から「昭和産業さんにやってもらいたい」と仕事をもらいながら成長してきた会社なんです。

通常、製造会社が仕事を受注するときは、大手企業の「資材調達部門」に営業マンが行って仕事をもらってくる場合が多いんですけど、うちは「営業職」というものをほとんど置いていません。というのも、お客さんの現場で働いている社員が「こんなこともやってほしい」と、お客さんから直接仕事をもらってくるということが多く、営業職の役割を兼ねているからなんです。

昭和44年に出された広告。真ん中下部には社訓「信頼される明るい会社」の文字。

岩下社長

現場の中で直接仕事をもらうことの最大のメリットは、「お客さんが本当に求めているニーズ」に応えられることにあります。資材調達部門だけを窓口にしてしまうと、やはりどうしてもコストや納期といった数字の中での話になってしまいがちで、現場の方々が本当に困っていることや求めていることを感じ取ることはできません。現場の中で近い距離で共に仕事をするからこそ、「お客さんが本当に求めていること」を感じ取れるのだと思っています。

築いた信頼の上に仕事を広げ、さらなる信頼につなげてきた。そういう成り立ちがある会社なので、『信頼』という部分を大切に考えています

おしょう

会社と会社とを信頼でつないできたことで、仕事でつながる今があるんですね。
岩下社長、本日はインタビューありがとうございました

若手社員にインタビュー

続いて、若手社員の方2名にインタビューを行いました。

インタビューに答えていただいた藤原さん(右)と岩下さん(左)

藤原萌さん(右)は、  液晶製造装置や半導体製造装置を製造する メカトロ事業部第七課で勤怠管理などを行う事務職を担当されています。北東小→韮崎東中→韮崎高校を卒業後は都内の大学に進学し、『国際コミュニケーション』を専攻。身につけた英語を活かせる機会があるというところに魅力を感じて昭和産業に入社。現在入社5年目。

岩下晃さん(左)は、他社から部品を調達する資材課に勤務されています。韮崎小→韮崎東中→韮崎高校を卒業した後は千葉の大学に進学し、『経営工学』を研究。卒業後は、都内で経営コンサルタントとして3年半働き、昨年10月に昭和産業に入社。現在2年目。

仕事の具体的な内容

おしょう

普段どのようなお仕事を担当されているか教えてください

藤原さん

液晶製造装置などをつくる部署の事務職員として、社員の出勤・退勤を管理する仕事を担当しています。韮崎市で勤務する社員はもちろんですが、それ以外にも、国内外にある各クライアント先に出張しながら働いている社員さんについての管理も行っています。また、勤怠の記録をつけるだけではなく、出張先での宿泊所を予約したり飛行機などの移動手段のチケットを手配したりするのも、私たち事務職員の仕事です

岩下さん

僕は資材課に所属していて、部品や部材の調達を担当しています。協力企業さんや部品商社さんと電話やメールなどでやり取りをしながら発注を行う、いわゆる『バイヤー』のようなお仕事です。見積もり金額や納期を管理しながら、必要に応じて相手方と交渉しながら部材調達を行っています

昭和産業の自慢のポイント

国際的なコミュニケーションの機会があるところ

おしょう

担当されている仕事や会社の中で、「これは昭和産業ならでは」と思えるような、自慢のポイントはありますか?

藤原さん

さきほど、クライアント先に社員が直接出向いて勤務することがあるということをお話ししましたが、海外での仕事も多いこの会社だからこそ国際的なコミュニケーションの機会があるということは自慢のポイントです。
大学で『国際コミュニケーション』を学んでいたこともあって、就職時には、好きな英語のスキルを活かせる会社を希望していたんです。「日常的に」と言えるほど多くはないものの、今担当している事務職の中にも英語を使う機会があります。自分の得意なスキルを発揮したり成長させたりできていることが、仕事への誇りや充実感につながっていますね

おしょう

どのような場面で、英語を話すんでしょうか?

藤原さん

私の場合ですけど、例えばこれまでには、台湾から関係企業の方が視察と打ち合わせでいらっしゃった際に相手方と当社との間に入って通訳のようなことをさせてもらいました。そのほかには、部署の数名で韓国へ出張に行くことがあったんですけど、現地の住民やお店の従業員さんとの日常的なやり取りの中で英語スキルが役立ちました

藤原さん

海外出張の場合、たいていは日本語の話せる現地の通訳さんが同席してくれるので「仕事上のコミュニケーションに困る」ということは少ないんですけど、仕事以外の時間、例えばふらっとお店に立ち寄ったときやちょっとした用事の際には、どうしても自力でコミュニケーションをとる必要がありますよね。そういう場面では積極的にみんなの先頭に立って、海外でのコミュニケーションの経験を積むようにしています。

同じ事務職員の同僚の中には、韓国にある関係先と日常的にやり取りをしている韓国語に長けたスタッフも活躍しているので、私も海外でのコミュニケーションの経験を一つずつ積みながら、活躍の機会を広げていきたいですね

仕事中の藤原さんの様子

職場の雰囲気が明るいところ

おしょう

岩下さんにとっては、昭和産業さんの自慢のポイントってどういうところでしょうか?

岩下さん

自分たちではいまいち見えづらい部分なんですけど、外部から来た方などから、『職場の雰囲気の明るさ』を褒めてもらえることが多いように感じます

岩下さん

最近、資材課での仕事のほかに新卒採用面接などの場にも携わることがあるんですが、来られた学生さんたちから「見てきた企業の中でも一段と明るくて、こんな会社で働きたいです」と伝えにきてくれることがよくあります。ありがたいなと思うと同時に、昭和産業の良いところを外から来た方に気付かせてもらっていますね

おしょう

たしかに、8月のオープンファクトリーで僕がお邪魔させてもらった際も、社員さん同士の仲が良くて、すごく明るい会社だと感じました

藤原さん・岩下さん

うーん。明るいんです・・・かね?自分たち自身のことって、なかなか分からないものですね(笑)(笑)

という会話も、笑顔たっぷりでお話ししてくださいました(笑)

働く中で身につくスキルや能力は?

先を読む力と、状況の変化への素早い対応力

おしょう

昭和産業の仕事の中で身についたスキルは何かありますか?

藤原さん
今の仕事を通じて『先読み力』と『臨機応変な素早さ』を伸ばせたと思っています。
例えば、社員が国内外に出張するときに必要な飛行機のチケットや宿泊所はわたしたち事務職員が手配しているのですが、作業の進捗やトラブルに合わせて対応しなければいけない場面もあります

予定していた作業工程がスケジュールより早く、もしくは遅くなることもあれば、悪天候などによって交通手段を変更しなければいけないときもあります。なので、「飛行機が飛ばなくなった場合にはここが近いかな」「もし空きがなければこっちのホテルかな」など、ある程度先を読んで準備をしていますね。天気予報とか、すっごいチェックしますもん(笑)

おしょう

なるほど。それで『先読み力』ということですね

藤原さん

はい。ただ、それでもすべて準備できるわけではないから、同時に、変化した状況にすばやく対応することも大切です。

たとえば、飛行機の欠航で帰れなくなったとなれば、多くの方が同じように泊まれる場所を探すわけですから、再手配を急ぐ必要があります。「次の便はいつか。空港近くでホテルを探すのか。地域を移動して明日の便に間に合うか」ということを即座に考えながら、臨機応変に対応していかなければいけません。この『先読み力』と『臨機応変な素早さ』は、この仕事を続けてきたからこそ磨いてこられたスキルかなと思ってます

信頼される人間関係を築くコミュニケーションスキル

おしょう

岩下さんは、働く中で身についたと感じるスキルや能力ってどんなものがありますか?

岩下さん

僕の場合は、『信頼される人間関係を築くスキル』ですね。先ほど社内の雰囲気の話が出ましたが、大手商社さんなど外部の方とのやり取りが多い資材課の仕事においては特に、良い人間関係を築くコミュニケーション能力が仕事の成果にも直結してくるんです

仕事中の岩下さんの様子

岩下さん

部材の購入金額や納期によっては、相手方との交渉が必要な場合もあります。そんなとき、ただいきなり「安くしてください」と要求するだけではなかなかうまくいきません。反対に、日ごろから良い関係性を築けていると、「昭和産業さんだったら頑張るよ」と良くしてくれるということが少なくないんです。電話やメールを介していても、そこはやはり人と人とのやり取りですからね。その場の交渉スキルももちろん大切ですが、その基盤となる普段の人間関係がとても大切なんです。

これまでに昭和産業が築いてきた信頼関係を守り、さらに信頼関係を築いていくことを大切に考えながら、日々コミュニケーションスキルを磨いているところです

今後の目標は?

事務スキルの評価基準の明確化

おしょう

今後の目標は何かありますか?

藤原さん

『事務職に特化したスキル評価表』を作れたらなと考えてます。いま社内の評価は、全社員とも共通の基準で行われているのですが、技術職と事務職とでは仕事の性質が異なる部分もあるため、自分自身の事務スキルがどれくらいか、どれくらいスキルアップしているのかを把握するのが難しいなと感じています

藤原さん

元々事務職って、「お茶汲み」というような目で見られていた時代がありましたよね。「女性の仕事はここまで」と、能力があってもなかなか前に出て生きづらい風潮がありました。でも、もうそんな時代はとっくに終わったとわたしは思っています。女性も自身のスキルに合わせて、どんどん仕事の幅を広げてステップアップしていける時代。だからこそ「私は現在こんなスキルがある」と現状を明確に理解しておくことはとても大切だと思うんです。

さらに、事務職員のやるべき仕事の範囲が明確になれば、技術職が自分の仕事により専念できるようになったり部署間での連携がスムーズになったりと、会社全体にも大きなメリットがあると考えています

おしょう

なるほど。『事務職員向けのスキル評価表』を作ることで、良い影響がたくさんありそうですね

藤原さん

こういった意見を「女性だから」「若いから」と突っぱねないで、手を挙げて提案した人の意見を受け入れてくれる柔軟さが昭和産業の良いところですね。きちんと社員の声を聞こうとしてくれるからこそ、どうしたら会社が良くなるかわたしたち社員同士も考えたくなりますよね

目標は『社員全員と話せる人』

おしょう

岩下さんの今後の目標は何でしょうか?

岩下さん
上のポジションへのステップアップは、まず第一に目指しているところですね。さらにその将来を見据えて目標にしているのが、『全社員と会話ができるようになること』です

おしょう

現在の数で言えば290名の社員さんがいらっしゃいますよね。「すべての社員と」というのは何か思いがあったりするんですか?

岩下さん

昭和産業に入る前、都内で経営コンサルタントをしていたのですが、そこでの経験を通じてそのような目標を持つようになりましたね。例えばどこかの会社にコンサルティングにうかがうとして、僕が直接顔を合わせるお客さんは経理などの管理的な部署になる場合が多いんです。ただ、実際に強い意見を持っているのは、現場で営業に回っている方だったり、工場で自分の手で製品を作っている職人さんだったりすることが多い。

実は、そういった現場の意見の中に、会社を良くする意見や組織体制の改善点につながる重要な話があったりするんです

岩下さん

コンサルの場合はよその企業を相手にしますが、これって自分がいる会社の中でも同じことが言えると思うんです。会社を良くしようという思いは上の人だけが持っているわけではなくて、本当は社員それぞれが色々な思いや考えを持っているんですよね。それは一人一人と会話をする中でしか知ることのできない部分だし、自分が上のポジションに立った際には『社員全員と話ができる人』でいたいと思い、目標にしています

地元で就職したときの状況や思い

ゆとりをもって社会人生活をスタートさせる

おしょう

ここからは韮崎での話を中心にお伺いしたいのですが、まず、就職したときの状況や思いを教えてください。お二人とも東京に出たことがあるということですが、都内ではなく地元に就職した理由はありますか?

藤原さん

東京の大学に通っていたので、実ははじめは都内での就職も考えていいました。英語のスキルを活かせる会社で働きたいと思って、商社を中心に就職活動もしていました。
ただ、都内で働いていくことに対して期待と同時に不安もありました。大学4年間一人暮らしをしていたのですが、徐々に忙しくなる生活の中で、「さらに『仕事』が加わって、生活と両立していけるのかな」って

藤原さん

色々考えてみて、「いきなりすべてを完璧に始めようとしなくても、「仕事ってこんな感じ」ということをまず理解してから社会人を始めても良いんじゃないかと考えるようになり、地元での就職も視野に入れるようになりました。

その後、甲府富士屋ホテル(現:甲府記念日ホテル)で行われていた合同説明会で縁あって昭和産業と出会い、「英語のスキルを発揮できそう」と興味を持ったことをきっかけに就職を進めた、という感じです

おしょう

就職は誰にとっても新しい生活の始まりですもんね。自分や周りのことをきちんと見れるためにも、ゆとりを作っておくってとても大切なことだと思います

「都内で経験を積んだら地元に戻る」と中学生のときに決意

おしょう

岩下さんの場合は、どのような状況の中で地元就職を決めましたか?

岩下さん

そうですね。本題から逸れてしまいそうで話せていなかったんですけど、実は、僕の父が昭和産業の会長で、僕は長男なんです。というところで少し事情が特殊かもしれませんが、「一度県外に出て経営コンサルを経験する」「3~5年経験したら辞めて昭和産業で働く」というプランを、中学生のときにはある程度決めていました

おしょう

(中学生のときから!僕が中学生のころなんて、給食のことくらいしか考えなかった気がする…笑)

おしょう

経営コンサルになるというのは、どういう理由で決めたんですか?

岩下さん

職業調べという授業が中学校で合った際に、『経営コンサルティング』という文字が飛び込んできて、直感的に興味を持つようになりました。「よく分かんないけどカッコイイ!」って(笑)
その後、経営コンサルを目指して、大学では『経営工学』というもの研究していました。例えば、「新聞配達員がどのようなルートで配達に回るともっとも効率が良いか」「この製品はどのような順序で組み立てると効率的か」といった、実際の現場の効率化について考える学問です。

そうして、就活時には経営コンサル一本で就活を続け、中学生のころのプラン通り、3年半経験を積んだタイミングで戻ってきたという次第です

おしょう

将来何の仕事をするかを決めているだけでなく、「地元を離れて何年間経験を積んでこよう」というところまで決めていたというのがすごいですね

岩下さん

別の世界を見られたことは、僕にとってはすごく良い影響があったと思います。他社のことを知っているからこそ、自社の中で気付けること、見えてくることが広がっているように感じます

韮崎のまちの中に見える変化

おしょう

韮崎の中で、変化を感じるところはありますか?

岩下さん

建物と道路が新しくなりましたね。現在、韮崎駅前のライフガーデンの建っているあたりは、昔は大きな工場跡地で、廃墟のような場所でした。そこが火事で燃えたあとライフガーデンが建て替わったんですけど、韮崎駅を出て最初に飛び込んでくる景色は、昔と今ではまるっきり違っていますね

藤原さん

わたしの住んでいる地域には、新しい家が増えているなと感じます。ただ、「じゃあ人も増えたのか」と言ったらそんな実感もなくて。私が小さいころなんかは、道路に出て遊んだり近所の方とおしゃべりするようなこともあったけれど、今はそういった光景はめったに見かけないですね。近所で空き巣事件があってそれがきっかけなのか世間全体での時代的な変化なのか分かりませんが、住民が交流する光景を町の中で見かけなくなったのは、少し寂しい変化だなと感じます

社訓『自分の子どもを入社させたい魅力的な会社』

おしょう

最後にお聞きしたいのですが、企業理念の中に『自分の子どもを入社させたい魅力的な会社』というのを見つけて、「地域がそうやって次の世代に引き継がれていくってとても素敵だな」と思ったんです。
将来子どもを持ったとして、「子どもにも昭和産業に入ってほしい」と思えるような魅力はどのようなところだと思いますか?

藤原さん

親の立場を想像したら、自分の子どもには、まず何よりもストレスなく楽しく働いてくれることを望むと思います。なので昭和産業の人間関係の明るさや風通しの良さは、子どもにも勧めたくなる魅力の一つと言えるかもしれません。仕事となるとピリッと職場の空気も引き締まりますけど、そうでないときは本当に柔らかい雰囲気ですね。人間関係でのストレスなく働ける会社だと思います

おしょう

外から見ていても、本当に社員さん同士の仲の良さを感じます

岩下さん

「昭和産業に入ってほしい魅力は?」という質問とは反対のことを言うようなんですけれど、僕は自分の子どもには「とりあえず東京などの県外で働いてきてほしい」と思っているんです。できればこの韮崎とはまるっきり違うような環境で。そこで色々とノウハウや技術を学んで、何年後かに持ち帰ってきてくれれば嬉しいですね。

外のノウハウや技術を嫌わずに受け入れようとする柔軟さがこの会社にはあるからこそ、まずは思いきり外の世界を経験して、それを将来昭和産業の成長に繋げてくれるような活躍をしてほしいです。上から押さえつけられることなくそれができる会社だという点で、子どもにも働いてほしい会社だなと思います

おしょう

外の技術や考えをも受け入れながら成長できる寛容な会社だからこそ、自分の子どもにも働いてほしいと思えるということですね。
お二人とも、お忙しいところインタビューに答えてくださり、ありがとうございました。

おまけ。社員食堂でごちそうになりました

インタビュー終了後には、昭和産業さんの社員食堂で、お昼ご飯までいただいてしまいました(岩下社長、ごちそうさまでした!!!)

食事を囲みながら、あちらこちらで話し声や笑い声が。会社内の明るさや中の良さがうかがえます

定食が350円、カレーや麺類は250円とのこと。最高・・・!!

一つ一つの信頼をつなぎながら世界まで仕事を広げてきた地元企業

今回は、《昭和産業株式会社》さんを取材させていただきました。

前半でインタビューに答えていただいた岩下社長のお話の中からは、関わった会社との信頼関係を一つ一つ丁寧に積み重ねながら成長してきた会社の歴史と、それを今に受け継ぎ、お客さんが本当に求めていることに応えようとする誠実さをうかがい知ることができました。また、韮崎に根差し、地域を引っ張る企業でありながら(H29.12には『地域未来牽引企業』として認定を受けています)、世界でも最先端の設備や技術を取り入れながら常に製造力を高め、「世界に開かれた企業」であるという魅力についてもお聞かせいただきました。

後半答えていただいた藤原さんと岩下さんのお話からは、明るく柔らかな雰囲気の職場でありつつも、社員一人一人が高い向上心を持って「どうしたらもっとステップアップしていけるか」「どう動いたら会社全体が良くなるか」と自身の仕事や会社のことを真剣に考える姿勢をうかがい知ることができました。

あらためて、貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。

採用情報(今後随時更新)

昭和産業さんでは毎年度、新卒採用を行っております。令和2年度の採用は終了しており、また、現時点で中途採用等の求人は出されておりませんが、令和3年度以降の採用情報や会社の詳しい情報に興味のある方は、昭和産業さんのホームページもご覧くださいね!求人がある際には『にらレバ』でも更新していきますので、こちらのページも随時チェックしておいてください~♪

また、第一回から第三回まで「ものづくりのまち 韮崎」の製造企業を取り上げてきましたが、魅力的な「ニラサキのシゴト」はほかにも多数!今後は、自営業のお店や農業系の会社さんにもお邪魔して、これまでとは違った「ニラサキのシゴト」紹介していけたらと考えているので、今後の更新を楽しみにしておいてください!また、取材を受けて入れても良いよーという方がいらっしゃれば、以前の記事より、ぜひぜひご連絡くださいね!