穂坂町の柳平という集落に佇む「ゲストハウス空穂宿」は、韮崎の街から車で約15分で辿り着く“異国の地”。
同じ市内のはずなのに、「ここだけ時空が歪んでいるのでは?」と思うほどまったりとした時間が流れていて、ここに来ると環境も文化も異なる土地へと旅に来たような感覚になる。
築75年以上の古民家に吹き抜ける風の心地よさ、付近の山々の緑の豊かさ、出迎えてくれるオーナー夫妻の温かさ…それらに触れると大袈裟かもしれないけれど、生きていく上で本当に大切なことは何なのか、少しだけ理解できるような気がする。
そんな不思議な力を持つこの場所に魅了され、何度も通っているという人は大勢いて、中には、ここがあるから山梨への移住を決意したという人もいるほど。
今回は、多くの人にとっての大切な憩いの場でもある「ゲストハウス空穂宿」によりみちしてきた。
目次
祝15周年!みんなに愛されるゲストハウス「空穂宿」
オジィと女将、猫のみーにゃんがお出迎え
空穂宿を営んでいるのは、通称 “オジィ” こと窪田隼也さんと、“女将” こと千恵さんご夫妻。
風貌は仙人だが心は少年のようなオジィと、優しく包容感のある女将はとっても親しみやすく、初対面でもまるで親戚に会いにきているかのような居心地の良さを感じられる。
2021年10月からメンバーに加わった猫の“みーにゃん”は、癒し担当。とても人懐こく、みんなが囲炉裏の周りに集まっているときには、お気に入りの特等席に座って会話に参加しようとする。そんな姿がとても可愛らしく、すでに宿のアイドル的存在なんだとか。
宿は急遽スタート!?消費社会からの脱却を目指して
甲府出身のオジィと河口湖出身の女将が茅ヶ岳の麓にあるこの物件と出会ったのは2004年のこと。当時のお2人はまだ、20代という若さだったという。
オジィ「もともと古いものが好きで、使い捨てが当たり前になっている社会に疑問を感じていました。今あるものを活用して自分たちの力で豊かに暮らせる環境をつくりたいと思って物件を探していたら、たまたま知人が取り壊し予定になっていた、この古民家を紹介してくれたんです」
女将「最初は宿をやるつもりはなくて、自分たちの家づくりのつもりで改装を始めました。別の仕事をしながら週末だけ作業に来るというペースだったので改装に3年半ほどかかってしまいましたが、ようやく終わるねって頃に、『2人で暮らすには広い』と気付いてしまって(笑)
『せっかくなら、みんなが集うような場所にできたら面白いね』という話になって、急遽ゲストハウスをやってみることになったんです」
オジィと女将は国内外への旅を通してゲストハウスに親しんでいたが、当時の日本(特に内陸部)には、ゲストハウスは数件しか存在せず、「ゲストハウス」という言葉自体もあまり知られていなかったという。
それをSNSもない時代に、辺りに何もない韮崎の山奥でスタートするとは…かなりのチャレンジ精神。「周囲からは変わり者に見られていたかも」と2人は笑う。
韮崎のサグラダ・ファミリア?ゲストハウス空穂宿を探索
オジィと女将が友人の大工からアドバイスを受けながら、自分たちの手で改装したというこの古民家は、もともと養蚕農家の母屋だった。
はじめは「住めるように少し手を加える」という気持ちで改装をしていたが、作業を進めていくうちに「どうせならここも…あそこも…」とこだわりが出てきて、結果的に柱と梁以外は、すべて張り直したのだそう。
そして、どれだけ手を加えても、暮らせば暮らすほどに新たな手を加えたくなるようで、いまだに改装は続いているらしい。そんな“韮崎版サグラダ・ファミリア”とも言える「ゲストハウス空穂宿」の中を覗いてみよう。
「ただいま」と言いたくなる玄関
6年前に増築したという玄関は、窓から明るい光が入って気持ちが良い。一歩足を踏み入れると、「ただいま〜」と大きな声で言いたくなるようなアットホームな空間が広がっている。カウンターにはボードゲームがたくさん用意されていて、さっそく楽しげな雰囲気満載だ。
階段横には、市内の観光パンフレットやお店のショップカードがずらり。「地元のお店にも寄ってもらいたい」という想いで、ゲストにおすすめの場所を案内しているのだそう。
宿泊者と宴に興じる囲炉裏の部屋
囲炉裏の部屋(冬バージョン)
エントランス右手側の部屋には、昔ながらの囲炉裏がある。囲炉裏の周りには自然と人が集まってきて、あっという間に宴が始まる。ここでオジィや女将、他のゲストとお酒を交わす時間が一番の楽しみだという常連のゲストも多いという。
飲食は持ち込み可能。朝食はオプション(600円)で付けることができるが、夕食は自分で用意するスタイル。飲み物はいつでもオーダー可能で、お酒好きなオジィがセレクトした焼酎や泡盛、自家製ソフトドリンクのメニューは、そこらの居酒屋よりも種類が豊富だ(笑)
星がキレイに見えるウッドデッキでまったりと
囲炉裏の部屋の目の前には、辺りの景色を見渡せるウッドデッキが。ヒノキの丸太を製材して贅沢に使い、表からはビスが見えないようになっているというこだわりっぷり。
夏場はここで昼からお酒を飲んだり、本を読んだりして過ごすゲストも多い。街灯が少ないため、夜は星もキレイに見えるのだとか。
アイドル猫みーにゃんもウッドデッキが大のお気に入りの様子。うっかり横になると、居心地が良すぎて、みーにゃんのようになったまま中々立ち上がれなってしまうのでご注意を…(笑)。
ユニークさ満点!ご自由にお持ちくださいコーナーとは?
1階にはもう1部屋、共用の居間スペースがある。立派な神棚に本や古道具などがあり、時間の流れをゆっくり感じる畳の部屋は、とっても居心地が良い。
空穂宿のオリジナルの手ぬぐいやTシャツも販売中。女将がデザインし、バオバブ堂さんに染めてもらったというアイテムの数々は、空穂宿に来た記念や友人へのお土産にぴったり。
部屋の隅には「ご自由にお持ちくださいコーナー」を発見!モノを簡単に捨ててしまうのではなく、こうして循環させることで、きっと新たなストーリーが刻まれていく。とても素敵な流れだと思う。
日当たりの良い部屋でデジタルデトックス!
客室は、1階に1部屋と、2階に2部屋の計3部屋。今はコロナの影響で受け入れ人数を減らしているが、通常であれば最大12名まで泊まることができる。どの部屋になるのかは、「当日までのお楽しみ」とのこと。
長い歴史を感じさせる立派な梁に、に貼り直された床、そして大きな窓から入ってくる日の光。広々としていて気持ちの良いこの空間(宿全体)には、今どきではめずらしくテレビもインターネットも用意されていない。せっかく空穂宿に泊まるのならば、スマホの電源を切り日常から離れ、思いっきりゆっくりするのが良いだろう。
硝子戸の向こうは、屋根の上に出られるようになっている。屋根の上で過ごせるなんて、まるで漫画の中の世界のようでワクワクする。日当たり良好で肌を撫でる風が気持ち良い。
部屋にはカラフルなちゃんちゃんこも用意されているぞ。古民家でちゃんちゃんこを着てみんなで囲炉裏を囲んだら、昭和の時代にタイムスリップした気分を味わえるかも!?
意外にも最新システム?清潔感のある水回り
この流れでくると、水回りは五右衛門風呂やぼっとん便所か?と思いきや、意外にも最新のものだった。筆者的には、この方が気軽な気持ちで泊まりに来れるのでありがたい。
お風呂の使用はシャワーのみのため、湯船に浸かってゆっくりしたい方は温泉に入ってから宿に向かうのがおすすめ。
朝食に使う野菜は無農薬の自家栽培!のびのびと作物が育つ畑
宿の目の前にある畑では、「土いじりが旅をするのと同じくらい大好き」という女将が、季節にそった野菜を少量多品目で育てている。お客さんの朝ご飯にも、ここの獲れたて野菜が使われているそうだ。
採れたての野菜を使った朝ご飯は、ゲストからも好評だ。素材の味を楽しめる身体に優しいメニューとなっており、みんなで囲炉裏を囲んで食べることで、さらにおいしくなるから不思議。
さまざまな価値観や人生に触れられる宿
15年前から変わらぬ個性を貫いている空穂宿には、旅人、ライダー、登山客など、さまざまな人が訪れる。お2人曰く、「わざわざ好んで不便な場所に来るような人たちなので、心が広くておもしろい人ばかり」とのこと。
この解放感あふれる宿には、不便さをおもしろがることができる遊び心を持った人たちが自然と集まってくるのだろう。そんな人たちと出会える可能性が高いのも、この宿の魅力の一つといえる。
田舎暮らしのリアルを伝え、それぞれに合ったスタイルを
ゲストの中には、空穂宿で過ごしたことをきっかけに、山梨への移住を決意した人も何組もいるという。先日取材したチャンスセンターの上野さんも、移住前からこの宿の常連で、「移住して寂しさを感じたら空穂宿に来れば大丈夫だと思って移住を決めた」と話してくれた。
オジィと女将は、移住を考えている人に対して田舎暮らしの魅力はもちろん、同時に大変さも伝えるようにしているそうだ。
女将「田舎で過ごしたいという気持ちを持った方が必ずしも移住に向いているとは限らないんです。中には、不便さや密なご近所付き合いなどを苦に感じてしまう方もいるので、できるだけ“田舎暮らしのリアル”をお伝えするようにしています。
移住はせずに、のんびり過ごしたくなった時には、うちに来て田舎時間を満喫するという方もいます。人それぞれにあった田舎との付き合い方があっても良いと思うんです」
「人生一度しかないから、やりたいことをやっちゃおう!」
これまで人々の人生相談を親身になってきいてきたオジィと女将だが、2人はこの宿をはじめたときに、田舎暮らしに対する不安などはなかったのだろうか。
女将「私たちは、のんきなタイプなので(笑)『楽しそう!』という直感が勝って、良くも悪くもあまり深く考えていませんでした。若さゆえの勢いもあったので、大変なこともいくらでも乗り切れましたね」
オジィ「人生一度きりだから、やりたいことをやった方がいいと思うんです。特に若い頃なんて、何か失敗しても、いくらでもやり直しが効くんだから。失敗は成功の元だしね。やらなきゃ何も始まらないと思います」
シンプルかつ真っ直ぐな想いを持ったオジィと女将。そんな2人が運営しているゲストハウスだからこそ、多くの人が魅了され、何度も足を運んでしまうのかもしれない。
よりみちのかえりみち
私は旅をしたときの、「色々な生活スタイルがあるんだな」「何かに縛られなくていいんだな」と感じる瞬間が好きだ。
まさか家から15分の場所で、そのような感覚を味わえるとは…コロナの流行でなかなか遠くへ旅に出られなくても、身近なところで旅はできるものなのだなと感じて何だか嬉しくなった。
たまには日常から離れ、五感を使ってたっぷりと自然を感じ、偶然そこに居合わせた人たちとの会話を楽しむと。そんな豊かな時間をつくってみるのもいいかもしれない。
生活に刺激が欲しくなったときは、また「ゲストハウス空穂宿」を訪れてみようと思った。
「ゲストハウス空穂宿」の基本情報
- 所在地:山梨県韮崎市穂坂町柳平1233
- 電話番号:0551-21-2560
- 宿泊代金:素泊り2,500円〜
- アクセス:中央本線 韮崎駅からバスで15分 柳平バス停(終点)下車 徒歩10分
中央自動車道 韮崎ICから10分 - ホームページ:https://www.kuboshuku.com/