韮崎に暮らし始めて早5年。その間に「韮崎に盆栽界の有名人がいる」という噂を何度も耳にしていた。気になってはいたものの、自分には何だか少し遠い世界のような気がして、なかなか会うためのアクションには至らなかった。
しかし、「秋山盆栽園をぜひよりみちで取材してほしい」という知人からのすすめで、ついに噂の人物、盆栽芸術家の秋山実さんにお会いする機会に恵まれた。
数々の受賞歴があると聞いていたため、てっきりご年配の方かと思い込んでいたら、出迎えてくれたのは思ったよりもずっと若い方でびっくり。キリッとした眼差しと優しい笑顔が印象的な秋山さんは、なんとまだ42歳とのこと。
今回のよりみちでは、本町にある秋山盆栽園を訪ね、秋山さんに未だ見ぬ盆栽の魅力をたっぷりと教わってきた。
目次
史上最年少で内閣総理大臣賞を受賞!盆栽芸術家・秋山実さん
窪田:「今日はよろしくお願いします。失礼ですが、想像していたよりもずっとお若い方でびっくりしました。」
秋山さん:「僕はここ秋山盆栽園の2代目で、今年42歳になりました。盆栽というと、どうしても年配の方がやっているイメージがありますよね。」
窪田:「数々の受賞歴があると噂で聞いていたので、てっきりご年配の方かと思っていました。若くして盆栽の世界で名が知れているなんて、すごいですね。」
秋山さん:「ありがとうございます。29歳の時に、第34回日本盆栽作風展にて、史上最年少で内閣総理大臣賞を受賞しました。最年少記録はいまだに更新はされておらず、ありがたいことに、その後もさまざまな賞をいただいています。」
窪田:「今の私と同じくらいの年齢の頃に、このような風格ある作品をつくっていたなんて尊敬します。2代目ということですが、やはり子どもの頃からお父様に英才教育を受けて育ったのですか?」
秋山さん:「いえ、子どもの頃は他の遊びに夢中で、盆栽は全くでした。この世界に興味を持つようになったのは、高校3年生になって進学について考え始めた頃だったんです。」
「どうせやるなら早く始めよう」高校3年生の頃の決意
秋山さん:「僕が受験シーズンを迎えた頃、世間は就職氷河期の終盤で、大学を出ても希望する職に就ける保証はどこにもなかったんです。だったら家業を継ごうと思って、木の種類などの勉強を少しずつ始めてみたら、どんどん楽しくなっていきました。そのまま進学はせず、東京の『春花園BONSAI美術館』で修行することを選びました。」
窪田:「高校3年生で『盆栽家として生きていこう』と決意されたんですね。」
秋山さん:「盆栽の修行は6年かかるんです。大学を出て、22歳から修行を始めたら、終わる頃には28歳になってしまう。高校を出て18歳から修行を始めれば24歳で終わるから、20代の半分以上をフルに使えるなと考えました。学歴は一切関係なく、技術やセンスのほうが重要視される世界。だったら早く始めたほうがいいなと思って、高校を卒業してすぐにこの世界に飛び込みました。」
生きた美術品!そもそも盆栽ってどういうもの?
窪田:「盆栽について全くの初心者なのですが、そもそも盆栽とはどういうものですか?」
秋山さん:「鉢の中に植えられた植物の、枝ぶりや根張りの様子、幹の肌など一つ一つの要素または全体の姿を鑑賞して楽しむ文化です。鉢で植物を育てるだけでは単なる鉢植えですが、作者の美意識と感性を加えることにより、芸術品として完成します。」
窪田:「頭の中で『こういう風にしよう』と考えたとして、言葉も通じない植物を思い通りに育てられるものなのでしょうか?」
秋山さん:「基本的に幹の形は変えられないので、幹を活かして葉組(葉を組み合わせて形を作ること)をどこに配置するかを考えて仕立てていきます。『接ぎ木』といって、台となる台木の切断面に接ぎ穂と呼ばれる別の枝の切断面を重ね合わせて、1つの植物にするという技術があるんです。接ぎ木をすると枝のないところにも、新しい枝をつくることができるんですよ。また、枝に針金をかけて一緒に曲げておくと、矯正されて針金に合わせた枝の動きになってくれます。」
窪田:「そんなことができるんですか!すごい技術ですね。」
秋山さん:「一回で色々やろうとすると枝が枯れたりしてしまう場合もあるので、木の調子を日々確認しながら、2〜3年かけて仕上げていきます。技術自体は学べば誰でも覚えられるものなので、どういう風に仕立てるかというセンスのほうが重要になってきます。」
質の良い盆栽の見分け方
窪田:「これは良い盆栽だなというのは、どういったところで判断するのですか?」
秋山さん:「まず、基本的に木が太いほうが良いとされています。太いということは木が生まれてから年数が経っているということなので、価値が高いです。松の肌なども若くてつるっとしているより、ガサガサとした風合いが出ているもののほうが好まれます。」
窪田:「長いものだと、実際にどのくらい古い木が使われているのでしょうか?」
秋山さん:「一番古いものは、樹齢1000年以上。鉢に入れてからの年数が長いものが価値が高いとされていますが、盆栽の世界では鉢に入って100年くらい経っているものはめずらしくありません。」
窪田:「100年も…!そんなに長い間、鉢の中で生き続けているってすごいことですね。誰かがずっと手をかけて守ってきたから今ここにあるのだと思うと、歴史の重みを感じます。」
秋山さん:「長いを月日を表現するため、土の上には必ず苔を植えます。そうして表現された木の古さを評価する他にも、幹の動きがいいとか、利き枝(見どころとなる長い枝)が自分の重みで自然に下がっているほうがいいとか、根張りが八方にしっかりと張っていて、立ち上がりの部分が綺麗な富士山のような形になっているほうがいいとか、自由につくっているように見えて、じつはさまざまな決まりがあるんです。ただ、決まりを守っているだけでは良い作品は作れなくて…。」
素材を生かして作者の個性を出すのが盆栽の醍醐味!
秋山さん:「例えば、木の頭の部分と利き枝の先端を結んだ樹形の輪郭線を不等辺三角形の形に整えていくのが基本の形なのですが、完璧につくりすぎると面白みのない作品になってしまいます。あえて枝を作らない余白部分を設けることで高さが感じられるようにするというのも一つのやり方ですし、あえて幹の立ち上がりの部分に膨らみがある木を選んで枝を作って隠すというのも一つのやり方です。素材が持つ特性を活かしながら、どう自分なりの個性を足していくのかというところが、私たちの腕の見せ所なのです。」
窪田:「基本を意識しながらも、“外し”の部分をつくるんですね。想像以上に、クリエイティブな世界ですね!」
秋山さん:「同じ素材があったとしても人によって完成形が全く異なるという自由さが、盆栽の面白いところなんです。飾る際に一緒に使う飾と呼ばれる台や掛け軸の組み合わせにも無限のパターンがあるので、どういうコンセプトでそれを選んだのかという話を盆栽家同士でするのが楽しいのです。」
日本の文化は衰退傾向…?海外で起きている「BONSAI」ブーム
秋山さん:「一方で、現代はそういった空間まで含めた表現の場がほとんどなくなってきているので寂しく感じています。展示会もただ順番に作品を並べているだけの場合が多くて。」
窪田:「なぜ、そのような場が減ってしまったのでしょうか?」
秋山さん:「人々の生活様式が西洋化して、住宅から床の間や和室がなくなってきていることも影響していると思います。また、昔より会社勤めの人が増えて、日中に盆栽へ水をあげる時間を取れる人が少なくなるなど、『盆栽を楽しむ』という日本の文化そのものが衰退してきているようにも感じ取れます。」
窪田:「日本の盆栽人口は減少しているのでしょうか?」
秋山さん:「そうですね。今は、日本より海外のほうが盛り上がっているように感じます。僕はイベントに呼ばれてアメリカやヨーロッパなどで盆栽を教えたり、展示会の批評を頼まれたりすることもあるのですが、海外のほうが、みなさん熱心ですね。」
窪田:「日本と海外の盆栽文化に何か違いは感じますか?」
秋山さん:「日本人に早く追いつきたいという気持ちがあるからなのか、『時間をかけずにぱっと見でかっこよく見えるものをつくる技術』が求められているような気がします。よく見ると無理矢理つくっているのがわかる作品もありますし、そもそもの飾る際のルールを知らないがために、季節感のずれた掛け軸を合わせてしまっていたりするのを見かけることもあります。」
窪田:「このまま日本で盆栽をやる人が減っていくと、海外のやり方がスタンダードになっていってしまいそうで心配ですね。」
秋山さん:「いつか日本から長年守られてきた盆栽の鉢がなくなってしまう日が来るのではないかという不安もあります。後を継ぐ人がいないと、枯れる鉢も輸出される鉢も増えていくはずで…。物がないことにはどうしようもないし、日本人がいい作品に触れる機会も更に減ってしまうので、文化として衰退してしまうと思います。細かい技術云々の前に、とにかく『盆栽をやっています』という人口を増やすことが先決だと感じています。」
「秋山盆栽園」で盆栽を身近に感じるきっかけを
秋山さん:「盆栽人口を増やすためには、とにかくみなさんに盆栽に触れてもらう機会を増やしていくべきだと感じています。この盆栽園も初めての方は少し入りにくいかもしれませんが、本当はいつでも気軽に立ち寄ってもらいたいと思っているんです。」
窪田:「せっかく素晴らしい作品がこんなに沢山あるのなら、多くの人に見てもらいたいです。すごい数の盆栽が並んでいますが、何鉢くらいあるんですか?」
秋山さん:「お客様からお預かりしているものも合わせると、おそらく400〜500鉢はあると思います。買っても持ち帰らずに置いていって、私に管理を委託(※有料)してくださる方も多いんです。多くの鉢があるので、気軽に鑑賞して楽しんでもらえたら嬉しいです。」
初心者も安心!盆栽教室で購入後もサポート
窪田:「持ち帰るよりここに置いておくほうが安心だという気持ち、わかるような気がします。盆栽って高価なイメージですし、自分で育てるのは難しそう…。」
秋山さん:「もちろん高価なものもありますが、中には数千円で購入できるものもあります。購入していただいた後にも、鉢を持ち込んで手入れの仕方を学んでいただく盆栽教室の場を用意しているので、お好きなタイミングで相談に来ていただけます。」
窪田:「それは初心者にも安心ですね。ここに通うとなると、単に技術を得るだけでなく、これまで知らなかった新たな世界が広がっていきそうな予感がします。」
秋山さん:「自信を持って自分で育てられるようになるまでサポートするのも私たちの役目なのです。盆栽に少しでも興味のある方は、まず自分の鉢を一つ持ってみるのをおすすめします。盆栽のセンスは感覚的なものなので、経験しながら身につけていくのが一番なのです。」
気軽に取り入れられる「貸し植木」も検討中
秋山さん:「今後は展示会だけでなく日常の中でも多くの方に盆栽に触れていただける空間を増やしていきたいと思っています。やはり買っていただくとなると少しハードルが高いと思うので、旅館やお寿司屋さんなど盆栽を置くことでお客さんに喜んでもらえるような場所への有料貸し出しも考えています。」
窪田:「購入しなくても盆栽が飾れて、お客さんも喜んでくれるなら、利用してくれるお店の方も嬉しいですね。そうした取り組みを通して、盆栽に親しむ人がもっと増えていくといいですね。私も今日は盆栽の世界に触れることができて、とても楽しかったです。ありがとうございました!」
よりみちのかえりみち
秋山盆栽園の門を出て時計を見ると、思っていた以上に長時間滞在してしまったことに気付いて驚いた。それだけ盆栽という未知の世界の話を聞くのが面白く、つい夢中になってしまった。
自然と人工が融合する盆栽の仕立ては、思っていたよりもずっとクリエイティブで、庭に並ぶ作品の数々は全く知識のない私から見ても、すごく格好良いと感じた。
一つの木が代々管理されることにより、何十年、何百年と鉢の中で生き続けているというのにはとても驚いた。本来であれば自然の中にあるはずの木を部屋の中で鑑賞して楽しめるという文化も、改めて考えてみると面白い。
私のようにこれまで触れる機会がなかったというだけで、知ることで面白さを感じる人は大勢いるのではないだろうか。この記事を読んで興味が湧いた人は、ぜひ一度「秋山盆栽園」に足を運んでみてもらいたい。
【お知らせ】 \年末年始に「黒松の銘品」が若宮八幡宮で鑑賞できます!/今年12月31日から来年1月3日にかけて、韮崎の若宮八幡宮の能舞台の上に、秋山さんが仕立てた黒松の銘品が奉納されます。31日夜はライトアップも行われる予定。力強い黒松を眺めて、新たな年を縁起よく迎えてみませんか?
【奉納スケジュール】
12月31日午後〜1月1日夕方
1月2日 9時〜17時
1月3日 8時〜17時
「秋山盆栽園」の基本情報
- 所在地:山梨県韮崎市本町3-1-50
- 開園時間:9時〜17時
- 休館日:なし(園主が留守の場合あり)
- 電話:090-4832-8668
- メール:minorua424@gmail.com
- HP:http://www.akiyama-en.com/