「餅は餅屋」という言葉があるけれど、味噌や醤油もやっぱり「味噌・醤油屋」で買うのが一番だと思う。韮崎のまちなかには製造から販売まで一貫して手がけている「井筒屋醤油」があるから、地元の原材料を使ったおいしい味噌や醤油をいつでも好きなときに購入することができる。
昭和20年頃では県内に60軒ほどあった製造元も、今では醤油の製造元が2軒、味噌の製造元も数軒しか残っていないらしい。まちに老舗の味噌・醤油屋があるのは、実はすごく恵まれていること。
今回のよりみちでは、「山梨から醸造の灯を消さないように」と、90年以上続く伝統の味を守り続ける、井筒屋醤油の山寺英一郎さん・直美さん夫妻を訪ねた。
目次
山寺夫妻に学ぶ!井筒屋醤油の歴史
4代目社長の英一郎さんと奥さんの直美さんは、韮崎小学校からの同級生なのだそう。ピッタリと息があった2人の仲の良い掛け合いは、歴史ある蔵造りの店の重厚な雰囲気の中に、パッと明るく親しみやすい空気をつくり出す。
直美さん:いらっしゃい!今日はよろしくお願いします。
窪田:いつも醤油や味噌を使わせてもらっているのですが、改めて取材に来ることができて嬉しいです。井筒屋と言えば、韮崎を代表する老舗ですよね。
英一郎さん:うちの先祖は、江戸時代に雑貨商を営んでいました。その後、養蚕業に移行して、副業で味噌・醤油づくりをしていたのですが…
大正末期から続いた大暴落を機に味噌・醤油の製造を本業とするようになり、今に至ります。明治6年(1873年)から『井筒屋』という屋号を掲げていて、大正末期から90年以上に渡り醤油と味噌つくっています。
直美さん:うちの醤油は、『キッコーゲン』という名でまちの人に親しまれてきました。おめでたいとされる亀甲マークの中に、味噌・醤油づくりを本格的に始めた2代目・源太郎の『源』の字を入れたマークが目印です。
窪田:外の看板のキッコーゲンマークが威厳を放っていますよね。この蔵造りの建物もすごく立派だなと思うのですが、いつ頃建てられたのですか?
英一郎さん:この建物ができたのは1919年で、ちょうどフランスでヴェルサイユ条約が調印されたのと同じ頃に建てられました。現在、県内に残っている醤油屋は、うちとテンヨ武田さんのみ。山梨から醸造の灯を消してしまわないように、ここまで地道にがんばってきました。
窪田:そんなに昔から、この地で商いをしていたんですね。今日は地域に根付いた井筒屋醤油の魅力をたっぷりと味わえたらと思います。
英一郎さん:まずは僕が工場を案内しますね。店の裏側に回るので、付いてきてください!
醤油・味噌の工場を見学させてもらいました!
窪田:わー!すごく広いですね!味噌や醤油をつくるのに、こんなに大きな機械を何台も使うんですね。
英一郎さん:味噌は年間20トン、醤油は2万リットルほどつくるので、大きな機械は必須です。奥にあるのが製麹室で、この他にも味噌や醤油のもろみ(醤油の元となるもの)を熟成させるための部屋や、もろみを圧搾して火入れをする部屋、瓶詰め作業をする部屋などもありますよ。
窪田:お店の裏にこのようなスペースが広がっているなんて、想像がつきませんでした。実際に現場を見ると、食べる際に『あそこで、ああやってつくられているんだよなぁ』ってイメージできるようになって、嬉しいですよね。
英一郎さん:初めて見ると新鮮ですよね。ここ2年はコロナの影響で中止になってしまいましたが、北杜市の小学校3年生が毎年工場見学に来ているんです。大きな機械があったり、味噌や醤油の香りが漂っていたりするので、子どもたちも喜んでくれます。
ちなみに韮崎市内の小中学校の給食には、うちの味噌と醤油が使われています。子どもの頃の経験や味は記憶に残るから、地域の子どもたちに触れてもらえる機会があるのは嬉しいですね。
味噌のつくり方
英一郎さん:味噌は、大豆と麹(米または大麦)と塩を混ぜて仕込みます。大豆をこの巨大な圧力釜で蒸してから潰して、そこに蒸した米や麦に種麹を付けてつくった麹と、塩をよく混ぜ合わせます。そうして仕込んだ味噌を、木樽やFRP製のタンクの中で約1年間じっくりと熟成させたら完成です。
窪田:今年仕込んだものが店頭に並ぶのは来年になるんですね。ここで寒暖差の激しい韮崎の四季を越えながらゆっくり熟成したものを日々味わっていると思うと、なんだかすごいことに感じてきました。
英一郎さん:昔は全て木樽で仕込んでいたのですが、今はFRPという厚いガラスでできたタンクを使うのが主流になってきています。樽職人さんがほとんど居なくなってしまって、壊れたら修理するのに3年待ちという状況なのです。職人さんを呼ぶ(または樽を分解して郵送する)費用もかかるので、直すのはなかなかむずかしくて…。
窪田:小豆島の方で『木桶職人復活プロジェクト』がおこなわれているというのをWeb記事で目にしたことがあります。FRP製のタンクが悪いわけではないだろうけれど、日本から伝統文化が消えてしまうのは寂しいですよね。
醤油のつくり方
英一郎さん:話が少し外れてしまいましたが、醤油のつくり方もご説明しますね。意外と知らない人が多いのですが、醤油の原料って何かわかりますか?
窪田:えっと…大豆と…塩と…?
英一郎さん:大豆と塩と小麦を使うんです。蒸した大豆に、炒って粉砕した小麦を合わせて種麹を混ぜて、製麹室で温度管理をしながら3日ほど寝かせて醤油麹をつくります。そこに塩水を混ぜたものが『もろみ』と呼ばれる醤油の元となるもの。それを一年半ほど熟成させた後に圧搾して生醤油を取り出して、火入れをしたら醤油の完成です。
熟成中のもろみ
窪田:味噌よりも工程が多い上に、熟成に必要な時間も長いんですね。
英一郎さん:手間がかかるし熟成させるためのスペースも必要なので、醤油づくりをやめてしまう醸造元が多いんですよね。うちは根性で続けているようなものです。
もろみを圧搾する機械
窪田:その努力のおかげで、私たちはおいしい醤油や味噌を口にできているのですね。
英一郎さん:小規模ですが、職人さんと3人で力を合わせてがんばっています。販売は妻に任せているので、商品の説明は店頭で妻に聞いてくださいね。
山梨県産の原材料を使用!こだわり抜いた老舗の味を未来につなぐ
直美さん:おかえりなさい。味噌や醤油のつくり方はわかったかしら?
窪田:はい!手間暇かけて丁寧につくられていることがよくわかりました。
直美さん:うちは原材料にもこだわっているんですよ。小さな醸造元が生き残っていくためには、良いものをつくるか、とにかく安いものをつくるかの2つに分かれると思うんです。自分たちが価値を感じられるものをつくる方がつくり手のモチベーションも保てると思うので、うちは良い原材料を使ってしっかりおいしいものをつくってお客様にお届けするようにしているんです。
窪田:使うものが味噌は大豆・大麦・塩、醤油は大豆・小麦・塩とシンプルだから、原材料の良し悪しが直に味に影響しそうですね。商品に誇りを持っているからこそ、それを守っていこうという思いも生まれるんですね。
料理に合わせて選べる!醤油のラインナップ
直美さん:醤油は、山梨県産大豆・小麦を使用した本醸造のこいくちしょうゆ『甲斐の白根』『一味一会醤油・醸』をはじめ、丸大豆を贅沢に100%使用しあらゆる料理に適した『丸大豆醤油』のほか、丸大豆の生揚げを再度仕込んで商品にした、お刺身との相性抜群な再仕込み醤油の『星月夜』などの商品もあります。
直美さん:味噌は国産、または山梨県産の原材料にこだわっております。醤油もほとんどが国産、山梨県産の原材料ですが一部アメリカ産等の材料を使ったものもあります。遺伝子組み換え等の心配はございませんので安心してお召し上がりください。
好みに合わせて選べる!味噌のラインナップ
窪田:味噌も種類が豊富で、毎回選ぶのが楽しいです。
直美さん:お味噌汁にしたときに、大豆の粒がお椀の底に少し残るタイプや、残らないようにきれいに挽いてあるタイプ、麹をたっぷり使った塩分控えめな甘口タイプなど、お好みに合わせて選んでいただけるようにさまざまな種類をご用意しています。
直美さん:一番人気は『こうじ味噌』。麹をたっぷり使っていて甘口なので、塩分を気にする方にもおすすめですし、そのままきゅうりにつけてもおいしいです。お客さんによると、チーズとの相性も抜群みたいです。
地元の食材にこだわった「一味一会シリーズ」
直美さん:大村先生がノーベル賞を受賞されて表に立った際に『一期一会』という言葉をよく使っていたので、博士のその言葉を大事にしたいという思いから、『一味一会』と名付けたシリーズもつくりました。醤油は韮崎産の小麦と北杜市産の大豆を使用していて、地元の自然を感じられる清らかな味わいです。『醸』という名前には、『醸造の灯を絶やさずに守っていきたい』という思いが込められています。
直美さん:味噌は、2020年の東京オリンピックの開催が予定されていたので、『世界に向けて日本食を発信していきたい』という思いを込めて五輪の『輪』の字を名前に使いました。使用している韮崎産コシヒカリを提供してくれているのが社長の同級生ということもあって、友情の『輪』があったからこそ実現した商品でもあるんです。
窪田:それぞれに、熱い思いが込められているんですね。韮崎産の原材料が使われている『一味一会』のシリーズは、お土産にも喜ばれそうですね。
その他の人気商品
直美さん:お土産といえば、『にら味噌』も人気です。井筒粒味噌とコチュジャンとニラと生姜をふんだんに使ったピリ辛のお味噌で、きゅうりはもちろん、あたたかいご飯や豆腐にのせてもおいしいです。
窪田:隣に並んでいる『野沢菜ラー油』もおいしいですよね。たまに買うんですけど、甲州味噌と野沢菜とラー油の組み合わせが絶妙で、ご飯がよく進みます。チャーハンの具にしてもおいしかったです。
直美さん:ありがとうございます。コロナが流行する前は味噌羊羹やラスクなどのスイーツもつくっていましたが、今は加工業者さんも大変な状況で、こちらもお客さんの数が読めないので生産をストップしています。本当は、まだまだつくりたいものや、やってみたいことがたくさんあるんですけどね。
「人が集う拠点となり、まちの点と点を繋いでいきたい」
窪田:他にやってみたいこととは?
直美さん:コロナが落ち着いたらスイーツを再開して新しい商品もつくっていきたいし、過去に小さく開催していた味噌づくり教室も本格的にできたらなと思っています。理想は、工場の方も改装してギャラリーのようなスペースをつくって、作家さんの展示やミニコンサートができるようにして、少しでも社会貢献できたらと思っています。
窪田:素敵ですね!古くからある場所だからこそ、老若男女に愛される文化の拠点になりそうだなって思います。
直美さん:昔はこの辺りもにぎやかだったんですけどね。お店がたくさんあって、年末の大売り出しの時期なんてすごい人で。「かいじ国体」が開催された昭和61年に表の道路が整備されて、きれいになったのはいいけれど、車が走るための道になってしまった。
でも今はまた、アメリカヤさんとか若い人たちががんばってくれていて、少しずつまちを歩く人が増えてきているのを感じて嬉しく思っているんです。せっかくお隣にドーターさんもできたことだし、ここも足を運んでもらえる一つの拠点となって、点と点を線で繋げて、大きな面にしていけたらいいなって。やりたいことはまだまだたくさんあるので、これからもがんばっていこうと思います!
よりみちのかえりみち
郷愁の味覚を備えた醤油と味噌で、韮崎の食文化を支えてきた「井筒屋醤油」の工場では、今日も醤油のもろみや大きな樽に入った味噌が、まちの気候の変化や人々の生活の気配を感じながら、じっくりと熟成を重ねている。
大正末期から続く伝統や味を守り続けていくのは、相当な努力と覚悟が必要なことだろう。醸造元の数が減少し、「やめないで欲しい」という周りからのプレッシャーもあると想像される中で、山寺さんご夫妻はいつも明るく前向きに仕事に向き合っている。そして、まちの未来のために、さまざまなアイデアを生み出している。
こうした老舗は、店の人だけでなく、まちのみんなで守っていきたい、そう強く思った取材であった。
「井筒屋醤油」の基本情報
所在地:山梨県韮崎市本町2-9-26
営業時間:8時30分〜18時
定休日:日曜・祝祭日
電話番号:0551-22-2255
ホームページ:http://www.itutuya.co.jp/