野生動物と人の関係を伝えていく米農家|リレー記事vol.019『ナイトウマサルと韮崎と未来』

わたしと韮崎と未来

はじめまして!!
有限会社Paddy Fieldの代表取締役、内藤 将(ナイトウ マサル)といいます。

韮崎市の中でも端っこの円野町の里山で、人の暮らしと自然、そして野生動物との関係を考えながらお米を生産しています。
よく「Paddy Fieldってどういう意味?」と聞かれますが、意味は「水田・稲田」です。
まさしくお米を作っている「田んぼ」を表しています。

今回は、なぜ「田んぼ」を使って「人」、「自然」、「野生動物」 をキーワードに活動しているかを、私の半生を話しながらお伝えしたいと思います。

地元韮崎で動物に囲まれて過ごした幼少期〜高校時代

山梨県韮崎市円野町で生まれ育った私。

物心つく前から動物が好きで保育園に通っていた時も先生に動物や恐竜の図鑑を読んでとせがんでいたらしいです(笑)
そんな子供だった私には、円野町は住んでいるだけで大きなイベントがいっぱい!!

小学校低学年のころには、巣から落ちてしまったツバメの雛(正確には巣から巣立とうとしてうまく飛べなかった巣立ち雛)を世話して、雛を肩に乗せて集落内を散歩していたことも!
(上記のことは許可がなきゃやっちゃいけないのでマネしないように!!)

特にニホンザルは自分の名前(マサル)にもサルと入っていたこともあって少し特別で、中学生くらいまで自宅の畑や通学路でジャガイモやカボチャなど農作物を荒らしているサルを観察していました。

韮崎高校に進学した後は野生動物との距離が離れて一般的な高校生として青春を謳歌していました。いざ将来のことや自分が何をしたいのか、何を知りたいのか考えたとき、真っ先に思い浮かんだのが、小中学校と親しんでいた野生動物のことでした。

長男ということもあり、小さいころから実家を継ぐようにいわれ、それに抵抗がなかったこともあり、将来は何となく自然豊かな円野で野生動物に関して働こうと考えました。
野生動物の大学ってどんなところかと思い、とりあえず一番近くにあった上野原市の帝京科学大学のオープンキャンパスに行きました。そのとき、野生動物にGPSを付けたり直接観察をした際のデータや結果を教えてもらったことが、野生動物にドハマりしたきっかけになりました。

無人島でニホンザルの調査も経験!大学〜大学院時代

大学に入学後、サークル活動が活発な大学ということもあり、野生動物研究部という部活に入部し全国から集まった野生生物好きの同士に恵まれました。

そんな大学生活の中での初めての夏休み。
先輩から部活の顧問(サルの研究者)が調査に同行する学生を募っているという情報が届きました。
サルにはもともと興味があったこともあり、調査への同行に申し出ました。それはなんと!!無人島でのニホンザルの調査でした!!

調査中、自然の中で行われる野生動物の営みを垣間見ていっそう惹かれていきました。
部活動ではホタル調査やカワゲラなどの水生昆虫調査、水鳥調査など部活動を通して見分を広げ、長期休みのたびに全国のニホンザルの有名な調査地に足を運びニホンザルに特化して観察していきました。

3年生になり卒業研究をしなければならないため、初めて顧問に連れて行ったもらった無人島でニホンザルの調査を行うことにしました。

卒業研究では、サルの顔を見分けて個体識別し、親子関係や個体の性格など観察しました。ニホンザルの文化を垣間見て、自然の中の動物にも個性があり、そこには一つの命があることを体感しました。

また、大学院に進学しサルの研究を続けると同時に、もっと野生動物に関わろうと狩猟免許を取得し、野生動物を観るだけから捕獲(食べる)対象としても観るようになりました。
初めて自分で捕獲し、自分で捌いて、自分で調理して食べた命の重みは忘れられません。

社会に出てからのギャップ

卒業後は野生動物のことをしながら韮崎で働くことを考えていました。かつて円野で観ていたサルの農作物被害を思い出し、鳥獣被害対策の道へ進むことにしました。大学の先輩の紹介で、神奈川県の鳥獣被害対策専門員へ就職しました。

公務員ということもあり希望を出せば国の研修への参加がしやすく、今まで野生動物の基礎しか知らなかった私でも人と野生動物の問題を学ぶことが出来ました。
野生動物問題の基本的な考え方は、「野生動物」「環境」「人」の3つの観点に分けることができます。

  • 野生動物:動物の特性を把握し、被害に対して「人」がどう対応するかを考える。
  • 環境:生息地や、動物が出没する農地や「人」の生活圏について知る。
  • 人:被害を受けているものは「人」の生活、それぞれが自衛をして守りながら上記2つに手を出す必要がある。

自分自身、働くまで鳥獣被害は「野生動物」の問題だと思っていたので「環境」や「人」にまで働きかけなければならないとは思っていませんでした。
野生動物のことを勉強した人間がこれでは当然かもしれません。一般でこの考えを持っている人は少なく

  • 被害が出て困るから野生動物をすべて捕まえてしまえ
  • 行政が動かないから被害がなくならない

というように、捕獲一辺倒の考えや、行政頼りで自分が捕獲するのは嫌だという農家の方が多くいました。

また、農家の方が年をとると農林業を行うのも辛くなって、耕作放棄地などが増え、野生動物が住処に利用し、さらに被害が悪化し農林業をやめてしまうなどの悪循環もありました。

地域の良さを再認識してもらうために実践した2つのこと

どうしたら農家の方に自分たちで農地や地域を守ってもらえるようになるか?考えたときに行きついたのが、地域に手間暇かけても守る価値があることを再認識してもらう事でした。

外から来た人はその地域の宝を映す鏡。
近年は「田園回帰」という言葉もあるように都市部の人にとって田舎はとても魅力のあるものです。
都市部から来た人に地域に魅力を知ってもらい、都市部の人が円野の地域で楽しんでいるところを地域の人に見てもらい、改めて地域の良さを地元の人にも知ってもらおうと考えました。

そこで始めたことが2つ。

1つ目は自分の得意分野である「野生動物を活用するための下調べ」です。
幸いな事に自然の中の生き物には困らなかったので、農業をしているだけで、ヤゴなどの昆虫類やカエルやトカゲなどの両生・爬虫類をはじめ、サルやシカなどの哺乳類、チョウゲンボウやダイサギなどの鳥類、ドジョウなどの魚類、サワガニなどの甲殻類などなど多くの生き物を観察し、その生き物が自然界でどのような行動をするかも観察できました。

2つ目は農業をしている限り当然、「美味しい食物を作ること」です。
自分は農学を学んだことはありませんでしたが、幸いな事に生物学の基礎知識は大学で学んで知っていたため、本で調べわからないときは論文など検索して独学で学ぶことが出来ました。

そして結果、昨年は梨北米食味コンテストで最優秀賞を受賞しました!!
全国のトップレベルには及ばないまでも、堂々と円野町で美味しいお米を作っているといえるようになりました。

コロナで出鼻をくじかれるも、地道に活動を続け、お米と向き合った今年

目指していた土台作りが無事に達成できたので、今年はいよいよ都市部の人を地域に呼んで本格的に地域の魅力を伝えていこう!!と意気込んでいた時に新型コロナウィルスの影響でもろもろ出鼻をくじかれることに…。

それでも今まで活動してきたつながりもあり、細々と田植えイベントや生き物探しを行うことが出来ました。

初めての年だったということもあり、イベントを行う上での課題や改善点などが見えてきました。
また、大きなイベントが出来ない代わりにお米に向き合う時間も増えて、今までは秋の収穫まで美味しいお米を栽培することが目的だったのが、お米の選別や保存、精米や炊飯などを通してより美味しいお米を作る技術があるという事にも気づけました。
農とは深いもので、知れば知るほどやることや覚えることが増えていきます。

これからは解決方法をみんなで考えていける仕組みづくりを

新型コロナウィルスの影響で人口密集地の脆弱性が目に見えてわかるようになりました。これから仕事や学習などもテレワークなど遠隔で行う技術が進んでいけば都市部で生活する必要はなく、どこでも活動することが出来るようになっていきます。
そうなったときに地方は田舎に移住したい人たちの取り合いになります。

その人たちにどうやってアピールしていくのか。

美味しいお米の産地は日本全国にあちこち有ります。現状の山梨県は知る人ぞ知る隠れた名産地でしかありません。それを全国レベルのお米を作りだし、「山梨は果物だけではないんだぞ」と訴えられるように。

「韮崎には豊かな自然がある」で終わらずにどんな自然があって、どんな苦悩があって、どんな解決方法があるのか。それを都市部の人に伝えるとともに地域の人と一緒に交流し、地元の方にも伝わるように目指していきたいと思います。

また、大学院の時から続けている狩猟では命を頂くことを実感しています。
これは決して特別な事ではなく、私たちが行っている農業も植物の命を頂くことであり、農地を取り巻く環境では食物連鎖など命の循環が日々起こっています。

そういった命の循環を農家が目にするにとどめず、普段私たちが食べているものがどのような命なのか、身の回りにはどのような命の循環が起きているのか、子供たちが考えられる場を作って行きたいと思います。

そして今の子供たちが大人になったときに、私たちが悩んでいる問題が解決されていることが当たり前になるように頑張ります。